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「富貴楼」6月休業 長崎の老舗料亭 再開のめど立たず

長崎新聞 4/20(木) 10:51配信

 長崎市上西山町の老舗料亭で国登録有形文化財の「富貴(ふうき)楼」が6月10日で休業することが19日、分かった。6代目・内田一さん(69)の跡継ぎがいないのに加え、従業員も高齢化し人手確保が困難となっているのが主な要因。ブライダルやレジャー系など複数の企業が買い取りに関心を示しているが、活用法は未定で再開のめども立っていないという。

 富貴楼は木造3階建て、延べ床面積は740平方メートル。約100畳の大広間や大・小八つの部屋がある。江戸時代の1655年ごろに創業した料亭が前身。1887(明治20)年に初代・内田トミさんが経営を引き継いだ。その2年後に訪れた初代首相の伊藤博文が、初代の名前トミさんと、敷地内で栽培されていたボタンの花の高貴さから現在の屋号を命名した。

 長崎名物の卓袱(しっぽく)料理が有名で、来崎した皇族が料亭を訪れたこともある。1969年の長崎国体時は皇太子ご夫妻(現在の天皇、皇后両陛下)に昼食を出前で提供した。

 94年に先代から経営を引き継いだ内田一さんは「跡継ぎがおらず、以前から自分の代で最後と考えていた。休業は仕方ない」と話す。2006年の台風で建物の一部が被害を受け廃業を考えたが、継続を求める周囲の声を受け営業を続けた。

 一方、90年代初頭のバブル経済崩壊やその後の景気の低迷などから近年の売り上げはピーク時の10分の1ほど。休業は「経営の問題ではない」(内田さん)が、将来の建物の維持管理費を懸念。約10人の従業員は高齢化し、後任を確保できない状況も続いていた。

 明治時代の料亭建築の特徴が残り、07年に国登録有形文化財となった。料亭が今後、残されるか取り壊されるかは「買い手次第」(内田さん)だが、県学芸文化課は「文化財の価値を残す活用を検討してほしい」としている。

長崎新聞社

最終更新:4/20(木) 10:51

長崎新聞