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だから、中日ドラゴンズは“低迷地獄”から抜け出せない

4/21(金) 8:17配信

ITmedia ビジネスオンライン

 また今年も「弱竜」なのか。プロ野球・中日ドラゴンズの竜党たちからは、そんな嘆きの声が聞こえてきそうである。昨季は19年ぶりの最下位に転落。かつて日本一2回、リーグ優勝も9回輝いた名門チームが低迷地獄にあえぎ、4年連続でBクラスにどっぷりと漬かってしまっている。

【いまの中日ドラゴンズを救えるのは誰か】

 今季から正式に新指揮官となった森繁和監督が「原点回帰」をスローガンに掲げ、チーム再建の役割を担っているものの笛吹けど踊らず。4月20日の阪神戦ではようやく初の連勝と初の同一カード勝ち越しを決めて何とか最下位脱出を果たしたものの、今季も今のところ相変わらずのBクラスに沈んだままだ。ただし、まだシーズンは始まったばかり。今後の巻き返しはまだ可能だろう。現状では投打ともに歯車が噛(か)み合っていないが、少しずつウィークポイントを修正してきちんとスイッチが入るようになれば、もしかすると浮上のきっかけをつかめるかもしれない。

 しかしながら中日の懸念材料はそういう目先の戦いについてではない。何より不安なのは先々のビジョンがまるで見えてこない点だ。その発端となったのは、昨シーズン夏場の「ゴタゴタ」が挙げられる。すっかり止まらなくなってしまったドラゴンズのダッチロール現象は、ここから始まったといってもいい。

 昨季はシーズン途中の8月に谷繁元信監督がチーム低迷の責任を取る形で休養となり、そのまま退任。これが事実上の解任であることは誰の目にも明らかであった。しかも谷繁監督とチーム編成権を握る落合博満GMとの間には深刻な確執があるとささやかれていたことから、周囲ではさまざまな憶測も呼び起こした。

 「落合GMが谷繁監督に休養するよう迫った」

 「いや、これまでのたびかさなる落合GMの強権に嫌気が差した谷繁監督はむしろ自ら辞意を申し入れた」

 どちらにしても谷繁監督と落合GMの間には少なくとも“ミゾ”があったことは明らかであり、この途中解任劇によってドラゴンズはお家騒動の表面化を招いてしまったのである。

●対立構造が露わに

 タイミングの悪いことに2016年は中日にとって球団創設80周年。本来ならばメモリアルイヤーにしなければならない大事なシーズンだったはずだ。にもかかわらずV争いどころかとうとう最下位にまで転落し、このような内紛まがいの対立構造を露(あらわ)にしてしまった。

 結局、落合GMは2017年1月限りで任期満了とともに退団。在任期間中はチーム編成のトップとして重職を任されながらも目立った功績を残せず、その能力を疑問視する向きが強かった。球団内でも「反落合派」と言われていた関係者の1人は、こう打ち明ける。

 「ドラフトで落合GMはスカウト陣がリストアップしてきた候補選手をことごとく引っくり返し、自分のお眼鏡にかなった選手を指名させることが多かった。でも悲しいかな、その選手たちの大半が今もなかなか芽が出ない。

 ドラフトだけでなく、他球団とのトレードも消極的だった。なぜかというと『人脈』がないから。それでいてコストカットには積極的で活躍したはずの選手に対しても評価は“渋チン”。大島(洋平外野手)や平田(良介外野手)が昨オフに他球団へのFA移籍をチラつかせたのも、落合GMのチーム編成と査定方法に不満を抱いたからに他ならない。結局、2人は落合GMの退任決定が大きな決め手となって残留の意志を固めた」

 落合氏はGM時代こそ失策続きだったが、かつての監督時代には8年間のうち4度のリーグ優勝、日本一も1回達成している。中日の歴史を振り返っても「ドラゴンズ史上最高の監督」と評していい。そうした監督としての功績を高く評価していたのが、親会社・中日新聞社の会長でもある白井文吾球団オーナーだ。

 「2011年にリーグ優勝したにもかかわらず、当時の落合監督は球団幹部や有力OBたちから『無愛想で非協力』『ファンサービスも良くないから客が呼べない』などといった批判が殺到し、結局退任に追い込まれるハメになった。親会社の中日新聞社でも落合監督が取材になかなか応じなかったことで特に現場サイドからはブーイングが上がり、この時ばかりはさすがの白井オーナーも無視できなくなって渋々ながら反落合派の声を聞き入れるしかなかった。

 ところがその後、バトンを引き継いだ高木(守道)監督が結果を出せず2シーズン限りで退任。そこで唯一、ずっと落合の後ろ盾となっていた白井オーナーが『それ見たことか、やっぱり落合しかいないだろう』というニュアンスの言葉を口にし、今度は落合をGMに推した。監督でなくGM職になったのは、落合自らの要望だったとも言われている。谷繁監督(就任は選手兼任)も最初は落合GMと蜜月だったが、その関係は結局壊れたよね。だから最後まで落合を守っていたのは、白井オーナーだけだった」(中日OB)

●ドラゴンズは排他的なところがある

 その白井オーナーも昨シーズン途中のお家騒動ぼっ発によって落合GMに対する風当たりがますます強まり、かばい切れなくなってしまった。谷繁監督の後任には当初、現在ファームで指揮を執る小笠原道大二軍監督の名前が挙がっていたが、そのプランも本人が難色を示して最終的には頓挫してしまっている。前出のOBは苦笑いを浮かべながら「ドラゴンズという球団は意外と排他的なところがある」と述べ、こう続けた。

 「ガッツ(小笠原二軍監督の愛称)は骨がある男だし、チームを率いればそれなりの結果を出すと信じている。でもOBの中で彼の監督就任を強く反対する声がかなり多いんだよ。ガッツがドラゴンズでプレーしたのは現役晩年の2シーズンのみ。監督経験者で移籍組の落合や谷繁のように全盛期に在籍していたわけではなかった。『腰掛けみたいなもんじゃないか』とウルサ方のOBたちからワーワーと言われている中で監督をやることにガッツも抵抗を感じているようだ。彼が監督就任を断ったのは、そういう背景もあった」

 今のチームを率いる森監督は前年の監督代行からの昇格で、本命候補に断られたことによって誕生した“つなぎの指揮官”だ。メディアに対して「オレはいつ辞めてもいい」と公言しているように長期政権を築く意志はほとんどなく、どうやら次期監督にバトンを渡しやすくするためにチーム再建に心血を注ぐ腹積もりのようだ。

 だが肝心の森監督の後任は小笠原二軍監督が首を縦に振らない限り、不透明のままだ。その一方で地元名古屋では、ドラゴンズの次期監督候補として別の大物の名前があがっている。現役時代に2000本安打を達成したミスター・ドラゴンズの生え抜きOB・立浪和義氏だ。

 かつてドラゴンズ黄金時代の形成に大きく貢献し、現役引退後も2013年の第3回WBCで侍ジャパンの打撃コーチを務めるなど経歴は文句なし。加えて顔も広く、同氏を慕うOB、現役選手も数多い。ところが、この立浪氏に対してはなぜか中日の現体制下では監督どころかコーチ就任も難しいと言われている。

●「立浪監督」はあり

 球団内ではその立浪氏について、こういい切る人物もいる。

 「白井オーナーとの関係が良くないからですよ。『オーナーの目が黒いうちは立浪の監督就任はない』と球団内でも言われている。でも立浪の野球理論はとてもしっかりしているし、名古屋の経済界でも立浪待望論は根強い。何せネームバリューも抜群の生え抜きで、チームに立派な功績を残している。ぜひオーナーも考えをあらため、立浪の招へいに動いてほしい。もうチームを激変させるには、これしか“劇薬”はないと思う」

 このダッチロールから抜け出すには、たとえいろいろな“しがらみ”があるにせよ、何とかクリアにして立浪氏に再建を託すのも「あり」だと思う。ナゴヤドームが本拠地であるにもかかわらず、連日空席が目立っている現状をオーナーはじめ球団幹部たちは危惧するべきだ。

 「シーズンシートが売れているからいい」ではなく、お客さんに「ドラゴンズの試合を見たい」と思わせて球場に足を運んでもらうことが大事。だからこそ一刻も早く、この先のビジョンが見えるように球団にはキチンとしたレールを敷いてほしい。

 ドラゴンズが弱ければ、名古屋経済界の活性化にも悪影響を及ぼしかねない。低迷脱出のためにも、球団として指針を示すことが急務だ。

(臼北信行)