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韓国大統領選、中国より米国寄りの安候補

ニュースソクラ 4/21(金) 16:01配信

北朝鮮情勢で支持伸び悩みの文氏を猛追

 韓国が第19代大統領選挙に向けた候補者登録を開始し、本格的な大統領選に入った4月15日、ソウルから北に200キロほど離れた平壌の金日成広場では金日成の生誕(太陽節)105周年を記念する大規模な軍事パレードが行われた。

 新型のICBMと推定されるミサイルなど戦略兵器を全世界に向かって公開した今回の軍事パレードで、スピーチのために壇上に上がった北朝鮮のナンバー2・崔竜海(チェ・リョンヘ)労働党中央委員会副委員長は、米国に向けてはばかることなく暴言を吐いた。

 「米国は、自らの横暴非道な言動と無分別な軍事的冒険がどんな破局的な結果をもたらすのかを自覚すべきだ」と威嚇した。

 特に「米国が無謀な挑発を仕掛けてくるのならば、我が革命武力は即座にせん滅的な打撃を加え、全面戦争には全面戦争で、核戦争には我々式の核打撃で対応する」と公言した。

 崔竜海副委員長のこのような発言は、北朝鮮が核実験を強行しようとした場合、米軍が通常兵器による「先制攻撃」を行う準備に入ったという米国の報道を意識したものだ。

 これに先立ち、現地時間の13日、米NBCテレビは複数の当局者情報として「米軍はシリアへの攻撃でも使用した巡航ミサイル「トマホーク」を発射可能なミサイル駆逐艦2隻を朝鮮半島の近海に展開しており、1隻は北朝鮮の核実験場から約480キロ・メートル離れた海域に展開している」と報道した。

 韓国内では、この3月に実施された米韓合同軍事訓練を契機にネット上で「4月開戦説」「北朝鮮爆撃説」「金正恩亡命説」などが広がり、外務省や統一省、国防省などが連日記者ブリーフィングを通じて「根拠のない偽の情報だ」と収拾に乗り出した。

 しかし、米国はマスコミが匿名の関係者を通じて北朝鮮に対する武力攻撃の可能性を絶え間なく流布している。実際に米国の原子力空母カールビンソンが急に当初の行き先を変えて朝鮮半島近に派遣された事実が分かった。

 加えては、ニミッツ級航空母艦やセオドア・ルーズベルト号までもが太平洋地域に集結する予定だというニュースが日本発で飛び込み、ネット上の「4月開戦説」は信憑性を帯びながら韓国国民を緊張させ続けている。

 「4月27日に米国の北朝鮮爆撃が敢行される」「すでに在韓米軍の家族らは韓国を離れ始めている」などのデマがSNSを中心に絶えず拡散され、北朝鮮の挑発がもたらした安保不安が大統領選挙まで一か月を切った韓国国民の世論を大きく揺るがしている。

 朝鮮半島に本格的に吹き始めた「北風」の影響をもろに受けた形になったのが、「次期大統領に最も近い男」とされてきた共に民主党の前代表・文在寅(ムン・ジェイン)氏だ。

 今年の1月に強力なライバルだった潘基文(パン・ギムン)前国連事務総長が立候補を辞退して以降、2ヵ月以上も優勢が伝えられてきた文氏だったが、今回の「北風」によって選挙の争点が「朴槿恵政権に対する審判」から「安保問題」へと変わったことで苦境に陥ってしまった。

 「大統領就任後は、一番に北朝鮮を訪問する」「大統領就任式に北朝鮮使節団を招待する」「開城工業団地を2000万坪(従来の10倍規模)に拡張して再開する」また、「アメリカに対してノーと言えなければならない」等の親北的発言が連日保守メディアからの攻撃を受けている。浮動層の心をつかめないまま支持率が足踏み状態に陥ってしまった。

 一方、国民の党の前代表・安哲秀(アン・チョルス)候補は文在寅氏が「北風」に吹かれて足止めされている間に支持率を急激に押し上げ、文氏の強力なライバルとして浮上した。

 3月初めまでは支持率が10%台だった安哲秀候補だが、4月3日に行われた共に民主党の予備選挙で文氏が党公認候補に確定してからは安候補への支持率が30%まで上昇した。文在寅氏に比べて中道的だった安熙正(アン・ヒジョン)候補が脱落すると、安熙正氏を支持していた中道や保守勢力が安哲秀氏への支持に動いた。

 韓国ギャラップが4月14日に発表した最新の世論調査によると、安哲秀候補の支持率は38%で、支持率40%の文在寅候補に誤差範囲内の2%差まで迫っている。

 朴槿恵前大統領の弾劾により保守勢力が有力候補を出すことすら出来ないほど崩れてしまった現状で、文氏の「独走」であっけなく幕を閉じるものと予想されていた今回の大統領選挙だったが、「北風」に乗って浮上した安哲秀ブームが大統領選レースを2強による対決という構図に持ち込んだ形だ。

 安哲秀氏は1962年生まれ、慶尚南道密陽(キョンサンナムド・ミリャン)出身で、医者である父親の意思によりソウル大学医学部に入学した。本人は医学部より工学部を希望していたほどコンピュータに夢中だった。

 医学部博士課程在学中に韓国で初めてのコンピューターウイルス撃退ワクチンを開発したことで、人生の大きな転換期を迎える。その後7年間にわたり昼は大学病院の医師、夜はコンピューターワクチン開発者として二重生活を続けた。

 1995年「安哲秀研究所」というIT企業を立ち上げ、本格的にベンチャー企業家としての道を歩み始める。チェルノブイリ・ウイルスの猛攻が問題になっていた1999年を機に会社が黒字に転じると、安氏は経営の第一線から退き2005年米国に留学、ペンシルベニア州のウォートン・スクールでMBAを獲得した。

 帰国後は医学部ではなく工学部教授に就任することになるのだが、彼の政治人生はこの時期のTV番組への出演を機に始まった。安氏の華やかな経歴が2009年に某テレビ番組を通じて大衆に紹介されると、安氏は一躍「若者たちのリーダー」として浮上し、「安哲秀シンドローム」が韓国全域を襲った。

 教科書に名前が載るほど有名になった彼に対する政界入りのうわさも絶えず、2011年10月に行われたソウル市長選挙の際は最も強力な候補として挙げられるようになった。

 しかし、当時50%を超える支持率を得ていたにもかかわらず、安哲秀氏は支持率5%に過ぎなかった朴元淳(パク・ウォンスン)候補を支持する側に回り、自らはソウル市長選挙への立候補を辞退した。

 その後、安氏は翌2012年の第18代大統領選挙にも無所属で立候補し朴槿恵候補を追い上げ脅威となるほどの支持を得たが、文在寅候補支持に回ると発表し再び候補を途中で辞退する。

 2013年には「安哲秀の新政治」を提唱、新しい政党の立党を宣言したが、結局、文在寅候補の民主党と連合する形で「新政治民主連合」(現在の共に民主党)を結党、ソウルの蘆原(ノウォン)選挙区で国会議員に当選する。

 しかし、党内の親文氏派からの絶え間ないけん制を受け、2015年12月新政治民主連合を離党して国民の党を結党、再び大統領選挙出馬を表明した。

 保守系候補である自由韓国党の洪準杓(ホン・ジュンピョ)候補がいまだ一桁の支持しか得られずにいる中、安哲秀候補は保守層の取り込みを狙って積極的に安全保障の強化を主張している。

 まず、これまで主張してきたTHAAD配備反対の立場を撤回し、THAADの配備を「国家間の合意であり、共同発表を通じて早期配置が決まった」とし、「次期政府は国家間の合意を尊重しなければならない」と主張した。

 同時に、「韓国の安保問題において米国と中国のどちらがより重要か」という質問には「当然、米国だ。米国とは同盟関係ではないか」と述べ、米韓同盟強化の意思をほのめかした。

 対北朝鮮政策においても過去に朴槿恵政権の開城工業団地の閉鎖を「完全な失策」と非難した立場から、現在は「すぐには再開が難しい」という立場へ移行した。正男氏暗殺やミサイル発射直後には「金正恩は暴悪だ。対北朝鮮制裁を一層強化しなければならない」と主張したりもした。

 一方、日本に対する立場は、文在寅候補と別段変わりない。慰安婦合意については再交渉する意志を示唆しており、「韓国が日米韓地域の同盟に完全に縛られることは望ましくない」として、日本とは距離を置くことを暗示している。

 4月14日の韓国ギャラップの世論調査によると、すでに支持候補を決めたとする有権者の35%程度が状況によって支持する候補を変える意思があるという流動的な立場を示した。つまり堅固な支持層が形成されずにいるということだ。 選挙戦終盤に「北風」が吹き荒れたことで、安哲秀候補に保守と中道の票が集まる大逆転の可能性が見えてきた。

金 敬哲 (ジャーナリスト 在ソウル)

最終更新:4/21(金) 16:01

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