ここから本文です

海外女子バレーのすゝめ 第7回 なぜ世界のスターは、トルコを選ぶのか

4/22(土) 13:56配信

バレーボールマガジン

 トルコの国民性を考えたとき、「あつい」という言葉が最初に浮かぶ。スポーツ観戦では老若男女問わずお祭り騒ぎ。選手もファンも勝てば全身で喜びを表現し、負ければ感情むき出しで悔しがる。政治の話が大好きなトルコ人男性は、深夜であろうとチャイを片手に激論を交わす。

 トルコの国民的スポーツはサッカーだが、バレーボールの強化も国家レベルで行われている。世界中のスターが集結したトルコリーグは、今や世界最高リーグの一つだ。
 2017年3月下旬に訪れたトルコ・イスタンブル。海外バレー・フリークの性なのか、街を歩きながら、ここに世界のスターが集まるのはなぜだろうと考え続けた。

 答えは簡単だった。この国の居心地があまりに良いからだ。
 まれに起こるテロのイメージだけが強く残ってしまうのか、「トルコは危険」という偏見が日本人には多い。以前はトルコへ向けられていた日本人の目も、もはや他国を向いてしまった。イスタンブルで出会った商店の店主は「日本人がトルコに来なくなってしまった」と、がっくり肩を落とす。
 しかし現地では「なぜ日本人はあれほど過敏になるのだろう?」と不思議に思ってしまうほど、穏やかな日常が続いている。悠久の歴史を誇る大都市は、決して危険な場所ではなかった。

 ヨーロッパ側5%、アジア側95%に国土を持ち、地理的には双方に属するトルコ。東洋と西洋が交差し続けてきたイスタンブルは、ヨーロッパでもなくアジアでもない、エキゾチックな異空間。単一の文化に縛られない雑多な雰囲気は、来る者を惹きつけて離さない。

 日常生活でもあまり不便は感じない。目的地まで行くのにどのトラムに乗るのかわからず困っていたところ、「やあ!どこに行きたいの?」と尋ねられ、「あれに乗っていけばすぐだよ!」と言い残し颯爽と去っていく青年。何度訪れても、トルコは助け合いの精神が発達していると実感させられる。多少の不便があっても、人との助け合いの中ですぐに解決できることばかりだ。

 他のイスラム諸国と比べると宗教色がやや薄いトルコ。それでも「旅人には親切に」というイスラムの教えは強く根付いているそうだ。
 2016年1月、欧州大陸予選を首都アンカラで観戦したときのこと。会場の最寄駅で地下鉄を下り、記念にと構内を撮影していると、一人の青年がピースサインでファインダーに入り込み、ニッと笑って立ち去った。「トルコ人はカメラを向けると…」と聞いてはいたものの、駅名標に向けたカメラにまで映り込むとは思わなかった。
 試合観戦の合間に会場を歩き回っていると、突然声をかけられた。振り向くと、駅でファインダーに入り込んだあの青年が立っている。話を聞くと彼は大学生で、大会の運営にボランティアとして来ているそうだ。彼は「もし困ったことがあったら何でも言って!」と言って連絡先を教えてくれた。

 ここでは割愛するが、他にも多くの親切エピソードをトルコで経験した。彼らのおもてなし精神はいつ何時も変わらない。「どうしてこんなに良くしてくれるの?」と尋ねると、決まってこう返される。「遠いところから私たちの国まで来てくれたんだ。おもてなしさせて」と。
 スポーツ観戦では熱しすぎと思うほど熱く、日常生活では人情に厚い。トルコ人はやはり、「あつい」国民性なのだと思う。

 そんな国民性を含めたトルコの魅力にすっかり心を奪われ決めた今回の渡航。当初は観光のみの予定だったが、ヨーロッパ・チャンピオンズリーグとトルコリーグそれぞれの試合が立て続けにイスタンブルで行われると知り、絶好の機会を逃すまいと両方を観戦したのだった。

1/4ページ