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古代加賀の豪族解説 金沢学、金大・吉永准教授が講演

4/23(日) 1:49配信

北國新聞社

 市民公開講座「金沢学」の今年度第1回が22日、北國新聞20階ホールで開かれた。金大人間社会研究域の吉永匡史准教授が「加賀の古代豪族と地域社会」と題して、6世紀ごろから勢力を振るった有力一族、道君(みちのきみ)を紹介し、統治ぶりや中央政府との関係を解説した。

 吉永准教授は、奈良の正倉院に残る730(天平2)年の史料から、当時の越前国加賀郡を統治していた郡司5人のうち3人までもが道君だったことが分かるとした。

 一族とみられる女子が天智天皇の後宮として出仕し、生まれた皇子の子が後に光仁天皇に即位したり、大宝律令(たいほうりつりょう)を選定するグループに一族の一人が名を連ねたりするなど、中央と深い関わりがあったと説明した。

 越前国守紀末成(きのすえなり)が加賀の分離を中央に要請し、823(弘仁14)年の加賀立国に至った経緯については「道君は庶民から恣意(しい)的に収奪を行い、膨大な富を築いていた。紀末成も扱いに困っていたのだろう」と述べた。

 津幡町の加茂遺跡から出土した嘉祥年間(848~851)のお触れ書き「加賀郡●示札(ぼうじふだ、●は片の右に傍のツクリ)」には、郡司として道君の名があるが、ランクは低くなっており、加賀立国によって道君の勢力が弱まった可能性があると指摘した。

 講座は金大と北國新聞社が連携して2006年度から開いている。12年目の開講に当たり、金大の福森義宏理事・副学長があいさつした。

北國新聞社

最終更新:4/23(日) 1:49
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