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まとめたのは髪だけじゃない 「髪結床」主人のハイブリッドな仕事ぶり

4/25(火) 18:10配信

THE PAGE

 10分カットに1000円カット、最近の理髪店は時間やコストをかけずに仕上げてくれるところが増えている。忙しい人の多いこのご時勢、サービスも人々のニーズに合わせて変化しています。

 明治初期頃まで、一般男性の髪型だった「ちょんまげ頭」を整える髪結の技術力は相当高いものだったと思われます。ひとたび出掛けたら、一日がかりになりそうな「髪結床(かみゆいどこ)」は幕末から明治初期時代の庶民にとってどのような場所だったのでしょうか? 当時の貴重な資料、古写真(こしゃしん)から庶民の生活を大阪学院大学経済学部教授 森田健司さんが解説します。

江戸時代の理髪店とは

 江戸時代の日本人と、現代の日本人。相違点として最も目立つのは、おそらく髪型だろう。男女ともそうだが、特に男性の違いは大きい。月代(さかやき)を剃って、髷(まげ)を結った髪型は、現代においてはほぼ絶滅した。「ほぼ」と付けたのは、月代は剃っていないものの、力士の髪型にわずかだがその面影が残っているからである。

 この「失われた髪型」は、どのように作られ、維持されていたのだろうか。その担い手となったのが、江戸時代の髪結床である。

 はじめに掲げた写真は、江戸時代に生まれ、明治の初期に消えてしまった髪結床の様子を記録した一枚だ。二人の客が並んで座り、一人が髪を結ってもらい、もう一人が顔を剃ってもらっている様子が窺える。

 この髪結床は、江戸時代の庶民にとって、ただ髪を整えてもらうだけの場所ではなかった。かの時代の庶民文化において、髪結床は重要な位置を占めていたと言っていい。しかし、その話に入る前に、髪結床のシステムを紹介しておこう。

 この写真でもわかるように、客は上り框(かまち)に座り、髪結はその後ろに回って作業をする。客が向いているのは通りの方であり、道行く人から丸見えの状態である。髪結の作業手順は、まず月代を綺麗に剃り上げ、次に髪を解く。その後、水に濡らした刃で顔を剃る。今の理髪店と同じく、髭も綺麗にしてもらえるわけである。それが終わると、髪を結い直す。長くなった毛は、ここで切り取られることとなる。

 写真を見ると、向かって右の男性は何か板のようなものを持っている。これは「毛受け」と呼ばれるもので、切ってもらった毛が地面に落ちないようにするものだった。客の方も、結構頑張る必要があったようである。

 ちなみに、お代は大人が32文で子どもは24文(江戸後期)。1文を20円で計算すれば、それぞれ640円と480円で、かなり利用しやすい価格設定だったことがわかる。

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最終更新:4/29(土) 6:05
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