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てい子トゥーシーのユンタクハンタク(38) 「なんくるないさ」の先へ 自主的な有言実行への取り組み

4/24(月) 16:35配信

沖縄タイムス

 去年のウチナーンチュ大会での帰省中、何度も国際通りを往復した。ウチナー口で書かれたTシャツを読みながら笑ったり、はぁ? と考えたりしながら歩いていた。書かれたのを読むと社会風潮が把握できる。いくら冗談とはいえ、まさかと思う内容の物も売られている。着けている人の中身が丸見えの物もあり苦笑せざるを得ない。

 異世代からくる表現の相違はあっても、今では自由に表現できる国際通りである。Tシャツはお土産にもってこい。合わせて12枚買って持ち帰った。 

 さて「なんくるないんよー」の後は「やさー、なんくるないさーとか、しわすーな、てーげーやさー」 と、ウチナー独特の雰囲気になり、のんびりする。それをリラックス(Relax)すると言い、ウチナーンチュはナイチャー(本土の人たち)のように時間に細かくない、と描写される傾向もある。

 「ウチナータイム」の南の島では時計の針の動きをそんなに気にしない。そのことはやはり誰の水準、物差しで価値判断するのかで見解の相違、賛否論にもなろう。特に、ここ米国の東北基準の感覚では島ンチュの自主性のレベルが問われる。

 なんくるならん時もあれば、なる時もある。ポジティブに取ればどうにかしてやるぞ、と私は自主的に出る。むしろ反射的に気が引き締まり、気合が出る。同時に士気が鼓舞されるのが意識できる。NYから1万2235キロ離れた自分の郷土を思い、結局、ウチナーでの問題につながる。

 私は名護市の名護で生まれ育った純粋なナグンチュ。名護の姿勢を遠方から見聞していても、沖縄が分かると言っても大げさとは思っていない。稲嶺進氏が名護市長になって沖縄問題に真っ向から体当たりを続けたことがいかにエンパワーメン卜になったかは言うまでもない。

 最も痛快な転換期であったとも思う。その時点から県民が南も北も琉球魂を抱き、断固とし連帯するようになったとみている。海外のわれわれは、島ンチュたちのその士気にあやかり、誇りを新たに充電できた。

 最近よく耳にするのは「琉球・沖縄の自己決定権」である。その真の意義を、県民の中には具体的な講習・教育などで認識する必要があると前から考えている。それは海外のウチナーンチュたちにも必須科目である。「日米による植民地精神から県民が脱皮する必要性」の概念は、県外内のウチナーンチュたちの多くが感じていると思う。そう感じない人たちは「自分の影は踏めない」ように客観視するのは困難だろう。結局「なんくるないさー」となり、自主的な有言実行から遠ざかってしまう。県内の政治・教育の指導者たちは既にそれを教育・普及しているとも信じたい。ウチナーのリーダーたちはその概念を堂々と県民に納得させる義務があるとも信じている。渡米53年になる私のような海外のウチナーンチュたちは、絶えず県内のリーダーたちを、地球の裏から援護サポートし続ける役目があるとも認識している。なぜなら、単に私はウチナーンチュとしての尊厳を維持したいからである。(てい子与那覇トゥーシー)

最終更新:4/24(月) 16:35
沖縄タイムス