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打ち続けることが恩返し…孤軍奮闘を続ける近藤健介

4/26(水) 12:00配信

ベースボールキング

どん底のチームの中で...

 昨季の日本一王者がどん底に沈んでいる。

 開幕から21試合を終えて4勝17敗の借金13。4月14日に始まった連敗は9まで伸び、栗山英樹監督就任以降のワースト記録に並んでしまった。

 出口の見えないトンネルを進む中、チームの希望の光となっているのが近藤健介の活躍である。

 21試合の出場で打率.462はリーグ断トツ。開幕当初は5番が多かったが、大谷翔平の離脱後は3番に定着。チームに欠かせないポイントゲッターとなっている。

「アベシンになれる」

 近藤といえば、名門・横浜高で“史上最強捕手”と呼ばれたほどの選手。かつてチームを率いていた渡辺元智監督に「強肩はプロ並み。選球眼も素晴らしい」と言わしめ、2011年のドラフト4位で日本ハムに入団した。

 その近藤の入団と時を同じくして、日本ハムの監督に就任したのが栗山監督だった。指揮官も高校生離れした打棒に惚れ込み、1年目のキャンプから一軍に抜擢。開幕一軍入りこそならなかったが、7月には早くも一軍昇格を果たす。

 球団の高卒新人捕手が1年目から出場を果たすのは、前身の東映時代まで遡って1956年の山本八郎氏以来、実に56年ぶりのことであった。1年目は20試合の出場で打率.192という成績であったが、日本シリーズでも代打として3試合に出場するなど、高卒1年目から充実のシーズンを送った。


 栗山監督がよく言っていたのが、「近藤はアベシン(=阿部慎之助/巨人)になれる」という言葉だ。打てる捕手が減りゆく球界の中で、近藤は次代の阿部慎之助になれる逸材であると言い続けた。

 ただし、捕手という特殊なポジションで試合に出場し続けることは難しい。だからといって、ずっと二軍に漬けておくのももったいない。ということで、指揮官が決断したのがコンバートだった。

 プロ3年目の2014年、高校時代ぶりという三塁手として67試合に出場。すべては捕手としてすぐ活躍するための準備。まずは打撃を一軍レベルまで進めておくというのが大きな目的であった。

 すると翌2015年、その才能が開花。捕手と指名打者の併用で自己最多の129試合に出場を果たし、リーグ3位の打率.326を記録。“打てる捕手”への土台を築き上げる。

 しかし、背番号も「8」に変わり、大きな期待を背負って臨んだ昨季はまさかの不振。80試合の出場に留まり、打率も.265と低迷。大野奨太、市川友也という2人の捕手の牙城を崩すことができず、捕手としての出場は1試合に留まった。

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