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44歳元燕ドラ1右腕の今 カラオケ店勤務経て辿り着いた第2の人生とは

4/27(木) 12:17配信

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44歳を迎えた元ヤクルト北川哲也氏が続ける活動とは

 プロ野球の新シーズンが幕を開け、続いて東京六大学野球、東都大学野球でも熱戦が繰り広げられている。4年生にはプロ入りを目指しアピールを続ける選手のほか、卒業後の進路を考え、就職活動を行う部員たちもいる。そんな学生たちに、自らの経験を伝えアドバイスを送っている元プロ野球選手がいる。ヤクルトのドラフト1位右腕、北川哲也さんだ。

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 千葉・暁星国際高時代に小笠原道大・現中日2軍監督とバッテリーを組み、2年夏の県大会で準優勝。その後、社会人の日産自動車を経て、1994年のドラフトでヤクルトの指名を受けた。5年間のプロ生活では36試合に登板。4勝5敗1セーブの成績で、1999年に引退した。

 以降、社会人野球のシダックスにも所属し、引退後は同社のカラオケ店にも勤務。そして44歳となった現在は、株式会社トレジャー・トレーディングで野球部の学生を対象にした就職支援を行っている。

 北川さんは、企業と学生たちが対話できるマッチングイベントを開催。開催時期をリーグ戦の合間にするなど、野球部の学生に特化した就職支援を行っている。忍耐力、継続力のある野球部の学生たちは、企業からも必要とされている人材だといい、これまで商社や不動産など、さまざまな業種に学生たちを送り出している。

 北川さんはなぜこのような活動を始めたのか。それは引退後にやりたいことが見つからず、転職を繰り返した経験があったからだ。

「何が出来るか悩み、転職も多く苦労しました。野球部の学生には自分の経験を参考に、転職のない、自分に合った人生を送って欲しいと思っています」

 北川さんは「プロ入りまでとんとん拍子に話が進んだため、引退後に自分に何ができるか全くわからなかった」と振り返る。

飲食店で成功する元選手は少数、「人脈だけでは仕事はできない」

「ヤクルトを戦力外になり、シダックスの話が決まったときは『まだ野球がやれるんだ』という気持ちしかありませんでした。でも、シダックスで契約をしてもらえなくなったとき、何をしていいかわからなくなり、戦力外を受けた時とまた同じ気持ちになりました。結婚して子供もいたので、何でもいいから仕事を探して、シダックスのカラオケ店の仕事を始めました」

 その後、3年ほどで退社し、転職を繰り返したという。

「いくらのものを売って、いくら利益が出るのか。経営を全く理解していませんでした。飲食を始める元選手は多いですが、ノウハウがわかっていないので成功する人は少ないですね。人脈だけでは仕事はできないと思います」

 高校を卒業後、日産自動車に入社した当初は「3年でプロに行けなかったら、会社を辞める」と決めていたという。

「今考えれば、プロに行けなければそのまま会社に残って働くのが1番だと思います。高卒で、日産のような大企業に入社できるなんてほとんどありません。でも、当時は先まで考えていませんでした。プロしか見ていなかったですね」

 そう振り返る北川さんは、社会人野球でのプレーを続けていこうとする学生たちに「夢をバッサリ切り捨てる言い方はできないが、現実もしっかり見て欲しい」と話す。

「社会人のチームは、自分たちの時は160ほどありましたが、今は80ほどしかありません。企業が野球のチームを維持するには、年間約3億円かります。不景気の影響でどんどんチームが減ってきています。『これがどういうことかわかるか』と学生たちには話しています。企業の採用も早くなってきているので、就職活動に乗り遅れると厳しくなってくる。内定はいくつあってもいいですから、野球をやりながら就職活動も頭の片隅に置いてほしいですね」

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最終更新:4/27(木) 12:59
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