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LIFriends 独自のスタイル“メロディラップ”で聴く人を笑顔にする羽村の星/インタビュー1

5/1(月) 18:15配信

エキサイトミュージック

 
■LIFriends/New Single『俺たちのララバイ』インタビュー(1/3)

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爪先も小躍りするポップチューン制作の舞台裏を訊く

5人のメンバー全員が東京の北西部に位置する“羽村”産。セールスポイントはしいて言うなら“動物園”と“浄水場”……というこの羽村市、人口も東京の市町村区のなかでは群を抜いて少ない57,000人ほどだったりする(ちなみにこの数字は東京ドームでのコンサート開催時の収容人数とほぼ同じ)。そんな羽村市唯一の高校である羽村高校でバンドを結成した5人は、スタジオもない、ライブハウスもない、決して恵まれているとは言えない音楽的環境をものともせず、“キャッチーなメロディ+ヒップホップの要素=メロディラップ”というスタイルを確立。羽村への郷土愛を胸に、つねにパーティロックバンドとして聴く人を笑顔にさせてきた。そのLIFriendsのリスタートとも言うべき1年3ヵ月ぶりの6thシングル『俺たちのララバイ』は、まさに彼らの面目躍如といったフルパワー・メロディラップ! 耳にしているだけで、ついつい爪先も小躍りするポップチューン制作の舞台裏、改めてバンドのバックボーンを含めて訊いてみた。
(取材・文/前原雅子)

文化祭で盛り上がったのが楽しくて、そのまま10年間、どうしたら盛り上がるのかを追求し続けている気がする

──皆さん、羽村愛が強いそうですね。

SHUNKUN:やっぱり全員の地元なんで。できれば盛り上げていきたいと思って。なんにもない、いいとこなんですよ(笑)。

──高校の軽音楽部で5人が揃ったということですが。

SHUNKUN:僕以外が同じ中学で。僕だけ高校でFUNKYと同じクラスになって、メンバー全員が知り合ったという感じですね。

FANKY:最初はKAMIとMAKOTOと一緒に3人で福生高校に行く予定だったんですよ。そしたら直前になってMAKOTOが羽村高校に行きたいって言い出して。もともとMAKOTOと僕は2人でユニットを組んで音楽をやっていて、高校に行ってもやるつもりでいたのに、急に羽村高校って言われたもんだから「別の高校行ったら音楽できねぇじゃないか」ってテンパっちゃって。それで俺とKAMIも羽村高校に行くことにして。HAYATOはもともと羽村高校に行くって決めてたし。

──幼なじみの5人組というわけではないんですね。

FUNKY:そうなんです、5人が一緒になったのは高校からなので。

──そして高校でバンド結成。最初から、このメンバーだったのですか。

一同:そうです。

FUNKY:僕が言い出しっぺですね。

──「こういうバンドにしたい」といった具体的なイメージはありました?

FUNKY:とりあえずモテたいっていう気持ちもありましたし(笑)。その当時、ORANGE RANGEさんとかすごい流行っていて、そういう感じの音楽をやりたいっていうのもあって。でも当時、僕が本当に好きな音楽は洋楽だったんですね。それこそビートルズとか、そのあたりの音楽を小っちゃい頃から聴いてたので。だから最初にLIFrendsでやった曲はビートルズの「HELP!」なんですよ。あとはSHUNKUNがラップをできるって知らなかった頃は、ミスチルとかもやったりしてたんですけど、いろいろやるなかで「俺ら、元気な感じがいいかな」と思うようになって。そっからそういう曲を書くようになったんです。そもそも僕とMAKOTOはゆずさんとかJ-POPが好きだったんで。そういう感じのメロディーと、高校に入ってSHUNKUNのやってるラップを見て新鮮だと思ったことから、そのふたつを混ぜた曲を作るようになったんですよね。

──オリジナルは早い段階からやっていたんですか。

MAKOTO:中学の時からFUNKYと2人でオリジナル曲を作ってましたね。といっても今の曲とは全く違いますけど。

FUNKY:ゆずさんに憧れてたので。しかも中学の頃は2人でデビューしようと思ってたんですよ。だからなんでも早いほうがいいだろう、作曲も作く始めよう、早く作ろうって。なので高校に入ってバンドを組んだ時も、それこそメジャーデビューを意識して「早く曲を作ろう」みたいな感じでしたね。

──当時、よく聴いていた音楽というと?

MAKOTO:ゆず全般でしたね。あとは「なごり雪」とか、昔の歌謡曲を聴いたり。

FUNKY:ふきのとうとかね。

MAKOTO:だから高校で軽音楽部に入ってアコースティックギターからエレキギターになった瞬間に、「なんだ、この楽器……!」と思って。音は小っちゃいし。

FUNKY:アンプに繋いでないから(笑)。

MAKOTO:まずそこからわかってない(笑)。アンプって何?みたいな。

FUNKY:全く別の楽器だと思ってたからね。中学までは心が歌謡だったんで。やっぱりフォークというか、センチメンタルな感じだったんですよ。だからORANGE RANGEみたいなやんちゃな感じを受け入れるまでに時間がかかったっていうのがありますね。

MAKOTO:ギターの歪んだ音も、自分で鳴らしてるのに「うるさいよ!」みたいな。

FUNKY:自分はバンドを組んだときにギターからベースになったので。

MAKOTO:最初は安易に「弦が2本少ねぇから弾けんじゃないか」って言ってて。

FUNKY:そんなわけないのに。実は僕、小学校からドラムやってたんですよ。で、中学でギターやって。なのでベースを始めるにあたって、ドラムとギターを一緒にしちゃった楽器っぽい気がしてたんですね。リズムも出せるし、音色も出せるし。それですぐハマって。

──HAYATOさん、KAMIさん、SUNKUNさんも高校に入る前、バンドをやっていたりしましたか。

HAYATO:いや、やってなかったです。当時はアコースティックギターブームみたいなのがあって。それに乗っかりながら、FUNKYとMAKOTOがギターを弾いてるのに混ざって俺も弾けるようになって。で、ギターを弾けるようになったし、俺もバンドを組もうかってことになったんですけど、なぜかドラムをやることになったという。

──どうしてドラムに?

HAYATO:小学校の時に合同音楽会みたいなのがあって、そこで「となりのトトロ」をドラムで一回叩いたことがあるっていうだけでFUNKYに「HAYATOはドラムだ!」って言われて(笑)。もともとサッカーがやりたかったので、バンドはあまりやる気がなかったんです。だけど「叩いてみぃよ~」ってFUNKYに乗せられて、叩いたらす~ごい楽しくて。でもそれで終わったつもりだったのに、文化祭の前に「ドラムがいないから、やってほしい」って言われて。文化祭の1週間前に「これ、覚えてほしんだよね」って5曲くらい渡されて。その時もまんまと乗せられてドラムを叩いて「すっげー楽しかった!」ってなって。そのまま今に至るという(笑)。

SHUNKUN:ドラムがいないのに文化祭への出演は決まっていたので、HAYATOの勧誘はなんとしても必要だった(笑)。

HAYATO:みんなで音楽やるのは楽しかったんですけど、最初から「デビューするから!」みたいな感じでこられても、けっこう現実派なんで「そんな無理だから」みたいな。でもなんかFUNKYの強い想いに負けたというか。それで続けてきた感じですね。

―─HAYATOさんは、どんな音楽を聴いていたんですか。

HAYATO:僕は根っからJ-POP好きで。ZARDばっか聴いてました。ビーイング系っていうんですか、B'zはもちろん、T-BOLAN、ZARD、FIELD OF VIEW、WANDSとか。

KAMI:僕はあまり音楽を聴かない子だったんですよ。まぁ流行ってるのをテレビで耳にするくらいで、特にこれが好きっていうのがなくて。でも中学でFUNKYとMAKOTOの路上ライブについて行ったり練習する場に一緒にいたりする流れで、高校のときに軽音楽部に入ろうかってことになって。

SHUNKUN:最初に2人の路上ライブを見に行った時、KAMIが普通にお客さんとしてちょこんと座って見てましたからね。

──まさか自分がやるほうにいくとは。

KAMI:思わなかった(笑)。人前に出るのとか苦手なんで。

──キーボードはやっていたんですか。

KAMI:いや、触ったこともなかったです。このバンドになってからやり始めたんで。それもギターもベースもすでに決まってて、HAYATOをドラムに入れるっていうのも水面下では決めていたんで。そしたら余ってんのはキーボードしかないかなぁって。

──SHUNKUNさんは、それまでに何か音楽活動をしていました?

SHUNKUN:全くやってないです。小中とずっと野球やってたので。白球に恋をしてましたね。だから高校に推薦で入る時も自己PRで「野球部に入って、羽村高校の野球部を甲子園に連れて行きます!」ってめちゃめちゃ豪語して。でも入学した途端、偶然、同じクラスになったFUNKYに誘われて4人の練習を見に行って。しかも俺、相談役をやってたんですよ。練習中にあーでもない、こーでもないって言って。その流れでさらっとバンドに入りまして。そのまま野球部の練習風景も見ず、野球とはそれっきり。

MAKOTO:高校にしたらいい迷惑ですよね。

──音楽は好きだったんですか。

SHUNKUN:歌うのは好きでした。でも曲作りは全くしたことがなくって。単純に世の中で流行ってる音楽を聴いて歌ってるってだけでしたね。ただヒップホップは好きだったんですよ。ヒップホップかジャニーズか。あと中島美嘉とNHKの『お母さんといっしょ』。『天才てれびくん』が好きで。

──皆さん、共通してJ-POPはよく聴いていたけれども、SHUNKUNさん以外はバックボーンにヒップホップが強くあるわけではないから、それは曲を作りつつ探っていくような。

FUNKY:そうです、そうです。ORANGE RANGEとかも中学の頃から流行ってたんで、ずっと聴いてはいたんですけど。でもなんか、あのテンションにはちょっとついていけなかったっていうか。カッコいいとは思うんですけど、やっぱゆずのほうがいいやって思っていて。それが高校になってから、どんどん好きになっていくんですよね。

SHUNKUN:あとは単純にみんな性格が明るいので、自然とライブで盛り上がれるような曲のほうに向かっていった気もしますね。

FUNKY:最初の文化祭で味しめたよな。

SHUNKUN:そうだね、やっぱ文化祭ってワーって感じになるじゃないですか。しっとり歌うというより、ジャカジャーン!っていうのがウケるから。

FUNKY:そこで盛り上がったのが楽しくて、そのまま10年間、どうしたら盛り上がるのかを追求し続けている感じはしますね。