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沖縄戦後史の「生き証人」、北米県人会に大嶺政寛氏の絵画贈る 元米国民政府のサムエル・H・北村さん(90)

5/1(月) 17:30配信

沖縄タイムス

 【森田のりえ通信員】北米沖縄県人会に3月25日、故・大嶺政寛画伯の風景画と琉球舞踊を描いた紅型の小さな絵3枚、沖縄関係の本数冊が寄贈された。贈り主は、米国在住で県人会員のサムエル・H・北村さん(90)。元米国民政府広報担当として、米軍と沖縄住民との間で「揺れる沖縄の心」を肌で感じ取った生き証人である。北村さんは「沖縄関係を含む研究資料が数百冊あるので寄贈し、県人会の図書室へ行けば沖縄の資料がそろっていると言われるようにしたい」と抱負を語った。

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 ハワイで生まれた北村さんは戦前、父親がキリスト教伝道のため那覇に赴任したのに伴い、少年時代を沖縄で過ごした。天妃小学校を卒業し、中学1年の時、父親の転勤で名古屋へ移住。戦後まもなくハワイへ戻り、ハワイ大学に進学した。

 1958年9月、修士論文「ハワイ在住沖縄系住民の日本語アクセント」で修士号を取得。その翌日、ハワイ大学を訪れた安里源秀琉球大学学長(当時)に会い、「沖縄の言葉を研究したい」と伝えると琉大の第1回海外特別学生の資格が与えられた。琉大で英語を教えながら宮古の言葉を研究。翌年の2月、米国民政府広報局の招きで宮古・八重山琉米文化会館の顧問として先島を訪問し、論文「宮古方言音韻論の一考察」を学術誌に発表した。

 60年2月から沖縄が本土復帰した72年5月15日まで高等弁務官の下、米国民政府の琉米文化会館担当官として、ラジオ・テレビ報道官兼務で勤務し、沖縄返還の経緯や沖縄の人たちの祖国復帰へのさまざまな思いを見てきた。

 歴代の高等弁務官と琉球政府主席との間のいくつかの重要会議に通訳として、また、布令・布告などの重大発表の翻訳にも携わるなど沖縄の戦後史の歴史的場面を目撃してきた。

最終更新:5/1(月) 17:30
沖縄タイムス