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【千葉魂】 福浦続く長い師弟関係 大松からの恩返し

5/2(火) 12:30配信

千葉日報オンライン

 「ごめん、ちょっとチャンネルを変えていいかなあ」。ロッテ浦和球場のトレーナー室。治療を行っていた福浦和也内野手が突然、室内のテレビチャンネルの変更を願い出た。これまでにはないことだった。「悪いけど、スワローズ戦にしてくれるかな」。その一言でトレーナー陣も意図を理解した。そしてすぐに神宮球場で行われていたスワローズ対ベイスターズ戦のデーゲーム中継に切り替えた。福浦がまだ2軍調整を行っていた4月2日のことだ。ほどなく、お目当ての選手が代打で登場した。

 「9番石山に代わりまして、大松。バッター、大松」

 テレビを見る大ベテランの表情が少し硬直していた。そして、ブラウン管の向こうから大歓声と一緒に確かにその登場曲は聞こえてきた。EXILEのATSUSHIの「願い」。福浦がZOZOマリンスタジアムで打席に入る際の登場曲として使用している曲だ。「アイツから電話があってね。『登場曲として使わせてもらいます』って」。うれしそうに福浦がそのことを話してくれた。

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 昨年10月、大松尚逸内野手はマリーンズの戦力構想から外れて退団した。5月には右アキレスけんを断裂。苦しみながらもリハビリに取り組む後輩を誰よりも優しく励ましたのは入団時から自主トレを共にするなど弟のようにかわいがっている福浦だった。出会った頃、周囲からいろいろと打撃フォームを指摘され混乱をしていた若者に「何事も自分で考えるようにしろ。人から言われてやっていても、ダメ。どこがダメで、なにが、いいかを自分でしっかりと把握できるようにしないと、いざという時に困る。打席に立つ時は自分ひとり。ひとりで解決できる強さを身につけろ」とアドバイスをした。ここ数年、結果を出せず苦しむ姿にいつも「オレより先に辞めるなよ」とげきを送った。退団が決まった時も進路に悩む後輩から真っ先に電話があった。「まだできると思うならチャレンジしろ。自分を信じろ」と強く励ました。そして戦力構想から外れた2日後の10月4日のイーグルス戦、ZOZOマリンスタジアムで打席での登場曲を、新たな挑戦に挑む後輩へのエールを込めて大松の登場曲に変更をした。大松もまた、その思いに応えるべく必死に練習を繰り返した。そして今年の2月、スワローズにテスト入団が決まった。その時から決めていたことがあった。1軍での最初に登場曲が流れる時は大好きだった大先輩の曲を使おうと。

 4-4の九回1死での場面。福浦と大松のリハビリに連れ添っていたトレーナー陣などがテレビ越しで見守る中での打席。カウント3-1から外角ストレートを逆方向にはじき返した。レフト前ヒット。大松らしいヒットに部屋の中は沸いた。ただ、福浦は少しばかり頬を緩めただけだった。誰よりも喜んでいる男は「アイツならあれくらいはできる」。ボソッとつぶやいた。

 「もちろん、うれしいよ。去年は一緒に2軍にいることが多かった。アイツが頑張っている姿は誰よりも見ていたからね。入団をしていたころから誰よりもバットを振って練習をしていた。あれだけのけがをして、いろいろな逆境の中から一年かけて1軍の舞台でヒットを打つのは大したものだよ」

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 大松の新しいユニホーム姿を見たのは福浦がまだ2軍調整をしていた3月4日に戸田球場で行われた教育リーグのスワローズ戦のことだった。「同じストライプということもあるけど、似合っていた。違うユニホームというのは違和感があって、変な感じはしたけど、キラキラと光って見えた」。二人、久々の再会に笑いながら健闘を誓い合った。大松はキャンプ、オープン戦と2軍だったもののイースタンリーグで結果を出し開幕1軍入りを決めた。41歳の福浦は慎重に調整を重ね開幕こそ2軍で迎えたが4月12日に1軍昇格。圧倒的な存在感を見せている。

 「出会った時から、手首が柔らかくて、遠くに飛ばす能力があった。それは天性のものだった。その能力からすると、まだまだやれる。これからも楽しみだし、自分も頑張らないといけないと思うよね。交流戦だね。アイツとグラウンドで会えるのが楽しみだよ」

 大松が移籍後初ヒットを放った夜、福浦は「おめでとう」と短いメールを携帯電話に送った。「ありがとうございます」と返事が返ってきた。チームは違えど、長い師弟関係はこれからも、まだまだ続く。

 (千葉ロッテマリーンズ広報 梶原紀章)

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