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プロレス史に名を残す「名兄弟タッグチーム」の歴史 ハーディー・ボーイズ、ゲリラズ・オブ・デスティニー…

5/2(火) 17:00配信

AbemaTIMES

現地時間4月2日にフロリダ州のシトラス・ボウルで行われたWWEの年間最大となるスーパーイベント「レッスルマニア33」で、マット・ハーディー&ジェフ・ハーディーの兄弟タッグチーム「ハーディー・ボーイズ」が電撃復帰し、大きな話題となっている。

今年2月にTNAインパクト・レスリングを退団したハーディー・ボーイズのWWE復帰は以前から噂されていたが、前夜に他団体であるROHの大会に出場したことで、レッスルマニア参戦はノーマークになっていた。それだけにハーディー・ボーイズがレッスルマニアの花道に姿を見せた際、会場は割れんばかりの歓声。ハーディー・ボーイズはRAWタッグ王座4WAYラダー戦に出場し、ハシゴ上からのツイスト・オブ・フェイト、スワントーン・ボムを決めてベルト奪取に成功した。

ハーディー・ボーイズをはじめ、プロレス界には実兄弟のタッグチームが多数おり、兄弟ならではの息の合った合体技などを駆使していずれも名タッグチームとなっている。ハーディー・ボーイズがレッスルマニア参戦前夜にROHで闘った、ヤング・バックスもマット・ジャクソンとニック・ジャクソンの兄弟タッグチーム。世界最高のタッグチームを自負する彼らは、トリッキーな空中技や多彩な合体攻撃を武器に新日本プロレスでもIWGPジュニアタッグ王座を獲得している。

新日本プロレスには、アメリカのWCWやWWFで活躍したキング・ハクを父に持つ、タマ・トンガとタンガ・ロアの兄弟によるタッグチーム、ゲリラズ・オブ・デスティニーがヤング・バックスと同じくヒール・ユニットのBULLET CLUBの一員として活躍しており、2016年4月にはIWGPタッグ王座を戴冠している。

■プロレス史に名を残す名兄弟タッグチーム

日本に初めて来日した兄弟タッグチームは、1954年に世界タッグ選手権者として来日し、力道山・木村政彦組とタッグマッチで対戦したベン・シャープとマイク・シャープのシャープ兄弟である。この試合は日本初のプロレスの国際試合で、日本テレビとNHKが同時中継。新橋駅西口広場の街頭テレビには2万人の群衆が殺到し、日本のプロレスブームの火付け役となった。

日本で人気が爆発した兄弟タッグチームといえば、ドリー・ファンク・ジュニアとテリー・ファンクのザ・ファンクスだ。1970年代から1980年代にかけて日本プロレスおよび全日本プロレスで活躍した彼らが一躍大人気を得たのは、1977年の世界オープンタッグ選手権最終戦でのザ・シークとアブドーラ・ザ・ブッチャーの対決だった。ブッチャー組がフォークを持ち出してテリーの腕に突き刺して血まみれにする猛攻、ブッチャーとシークが二人がかりでドリーを痛めつけているところにテリーが救出に入るシーンはファンの感動を呼び、日本プロレス史に残る名場面となった。

リック・スタイナーとスコット・スタイナーの兄弟によるタッグチーム、ザ・スタイナーズは、共にミシガン大学のレスリング選手であったことから、アマレス・スタイルのショルダータイツとスタジアムジャンパーがトレードマークに。1990年にWCW世界タッグ王座を獲得、日本には1991年3月、新日本プロレスの東京ドーム大会に来日し、馳浩&佐々木健介からIWGPタッグ王座を奪取した。

他にも全日本プロレスでザ・ファンクスと人気を二分したマスカラス・ブラザーズ(ミル・マスカラス&ドス・カラス)や、プロレスラーとしては小柄だったが流れるようなグランドテクニックで活躍したマレンコ・ブラザーズ(ジョー・マレンコ&ディーン・マレンコ)などプロレス史に名を残す名兄弟タッグチームは数多い。今後もハーディー・ボーイズやヤング・バックスたち兄弟タッグチームの息の合ったコンビネーションや合体攻撃に注目したい。


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最終更新:5/2(火) 17:00
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