ここから本文です

ジャイアント馬場から中邑真輔まで WWEで活躍する日本人レスラーたち

5/2(火) 17:00配信

AbemaTIMES

4月4日(現地時間)、フロリダ州オーランドで行われた「スマックダウン・ライブ」に元新日本プロレスで、前WWE・NXT王者の中邑真輔(シンスケ・ナカムラ)がサプライズ登場し待望の1軍昇格を果たした。

バイオリンの生演奏に乗って中邑が姿を現すと、観客はテーマ曲を大合唱して迎え入れ、中邑がリングインすると観客は「ナカムラ!」の大コール。生中継はここで終了したが、突如現れたドルフ・ジグラーの挑発に乗る形で試合がスタート。ジグラーのラフファイトを織り交ぜた攻撃に手こずったが、最後はフィニッシュ・ホールドのキンサシャでジグラーを仕留めた。

世界最大のプロレス団体・WWEには現在、中邑をはじめ、NXT女子王者であり1年以上にも渡って無敗記録を更新中のASUKAや、怪我から戦線復帰したイタミ・ヒデオ、クルーザー部門に特化した新番組「205 Live」で気を吐く戸澤陽と、多くの日本人レスラーが活躍している。

WWEと日本人レスラーの関わりは古く、初渡米武者修行中だったジャイアント馬場は、創業者であるビンス・マクマホン・シニアから「ババ・ザ・ジャイアント」と命名され、日本人レスラーとしては初めてWWE(当時はWWWF)に登場。1964年にはブルーノ・サンマルチノのWWWFヘビー級王座に挑戦するなど、超一流の外国人レスラーたちと幾多の名勝負を演じた。

国際プロレスでエースを務めたストロング小林は、WWWFではフレッド・ブラッシーをマネージャーにヒールとして活動し、1974年にはブルーノ・サンマルチノのWWWFヘビー級王座に挑戦。ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンにおける定期戦では、キラー・コワルスキーと組んでアンドレ・ザ・ジャイアント&ビクター・リベラと対戦し、悪党ファイトで大観衆を熱狂させた。

モンゴリアン・ギミックのキラー・カーンは、1980年末よりWWF(当時)に参戦し、同年12月にニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンにおいて、ボブ・バックランドのWWFヘビー級王座に挑戦。その後もフレッド・ブラッシーをマネージャーに、ペドロ・モラレスのインターコンチネンタル・ヘビー級王座にも挑戦するなどトップ・ヒールとして活躍し、アンドレ・ザ・ジャイアントとの抗争も開始。1981年5月、ニューヨーク州ロチェスターにてアンドレの右足をニー・ドロップで骨折させたとしてヒール人気は急上昇し、瞬く間に世界的なメインイベンターに昇格した。

1/2ページ

最終更新:5/2(火) 17:00
AbemaTIMES