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ソテツに新たな光を! お酒や歴史本、ゆるキャラなど活用続々 「地獄」のイメージ払拭へ

5/4(木) 16:50配信

沖縄タイムス

 戦前から戦中にかけて、飢えをしのぐために毒性のある実が食べられたソテツ。「ソテツ地獄」と呼ばれるマイナスイメージを取り払おうと、各地で見直す動きが広がっている。実からお酒を造ったりキャラクターにしたり。「飢餓から救ってくれた恩返し」と新たな活用方法に光を当てる試みが始まっている。(社会部・伊藤和行)

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 泡盛醸造の第一人者で那覇市の照屋比呂子さん(79)の研究所には、約10年前にソテツの実から造った酒が保存されている。4月中旬、ソテツの保護に取り組む同市の「世界のそてつを守る会」会長の玉寄貞夫さん(78)が研究所を訪れた。「ソテツ酒」を普及できないか相談するためだ。同行した記者はアルコール度数30度と45度の2種類を試飲した。泡盛よりほんのり甘い香りがし、口の中にはフルーティーな味わいが広がった。

 玉寄さんによると戦後、ソテツによる「密造酒」を作る店や家庭はあったが普及はしなかった。酒造所で作るには、実が少なくとも500キロ(およそ2万5千個)必要で、原料確保が難しいという。故郷の粟国村には実から造ったみそがある。玉寄さんは「実や幹からでんぷんがとれるため調理方法はいろいろある。酒も新たな可能性の一つ」と話す。

 沖縄や奄美大島では、大正から昭和初期、極度の不況から食糧難に陥り、ソテツの実を食べて飢えをしのぐ人が多かった。しかしソテツの実には毒性があり、中毒になる人が続出したことから「ソテツ地獄」と呼ばれるようになった。戦後は関心が薄くなり、土地改良などで自生するソテツは減ってきているという。

 一方、ソテツの歴史に光を当てる試みが始まっている。「ソテツをみなおす」という著書が出版されたのは2015年。県内外の大学の研究者らが、ソテツの実を毒抜きして食べる方法や、祭りなど年中行事に飾られる様子などを紹介した。著者の1人で山口県立大学の安渓貴子非常勤講師は「昔はお酒や料理としてふるまわれた。先人の知恵を語り継ぎたい」と話す。

 ソテツが多く自生する奄美大島の加計呂麻島では14年9月、ソテツをモチーフにしたキャラクター「ソテツマン」が誕生。島でソテツ農園を経営する徳田達郎さん(52)が「島民が救われた歴史を知ってもらいたい」と考案し、ストラップにしたり着ぐるみを作ったりして人気を集めているという。「島の子どもたちに親しんでもらいたい。観光名物にも育ってほしい」と期待している。

最終更新:5/5(金) 9:15
沖縄タイムス