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【イケメン新人外国人さん、いらっしゃ~い!】第1回:ジョノ・レスター(スーパーGT300クラス)

5/4(木) 11:58配信

オートスポーツweb

 世界的にもますます存在感を高めているスーパーGT、スーパーフォーミュラ、そして全日本F3。今年、日本でのレースにデビューを果たした新人外国人ドライバーを毎回ひとりピックアップして紹介する連載企画。日本に来たきっかけや、日本でのレースの印象を始め、プライベートの生活などなど、彼らのキャラクターを引き出します。

【写真】スーパーGT第2戦富士レースクイーン写真ZENT Sweeties

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 最初に紹介するのはスーパーGT300クラス、GULF NAC PORSCHE 911で峰尾恭輔選手とコンビを組むジョノ・レスター選手。開幕戦で早くも表彰台に乗ったことで、憶えている方も多いはずだ。彼は、過去S耐に出場していたので、”知っている”と言う人もいるかも知れないが、あらためて日本に来た理由や、スーパーGT参戦までの経緯を聞いた。

 「僕はスーパーGTでは、ふたりめのニュージーランド人ドライバーだ。2012年からペトロナスチームでS耐に出ていたんだよ。初めて日本に来たあと、すぐにスーパーGTに恋をして、自分のキャリアの目標はこのレースに出ることだって思ったし、この5年間、それが実現するようにと努めてきたんだ」

「だから、今年ガルフ・レーシングからシリーズに参戦できることになって、とても幸運だと思っている。僕はずっとGTカーでレースをしてきて、フォーミュラカーの経験はない。でも、GTカーでレースするのが大好きだし、スーパーGTは世界の中でもトップに位置するGTカーでのレースだと感じているよ」

「僕の祖父母は、ニュージーランドで”メンフィールド”というレース場を作ったんだ。だから、3世代に渡って、レーシングカーを運転してきているんだよ。祖父母、父と叔母、従弟、そして僕。僕は家族の中で、5人目のレーシングドライバーなんだ。最初にレースを始めたのは13歳の時。カートじゃなくて、レーシングカーだよ」

「ニュージーランドでは12歳からレーシングカーの運転をすることができるんだ。2006年からはポルシェ・カレラカップに出始めて、17歳で世界最年少の優勝ドライバーになった。カレラカップには5年間参戦した。ニュージーランド、オーストラリア、そしてヨーロッパのスーパーカップにも出て、2010年にポルシェ・ジュニア・スカラシップも獲得したんだ。だけど、予算的な問題で、スーパーカップに全戦出場することはできなかった。ニュージーランドは小さな国で、スポンサーも余り得られなかったからね」

「だから、一旦帰国したんだけど、その後、日本のS耐でGT3カーに乗る機会を得られた。出場した2年間、両シーズンとも年間総合2位という結果を残せたし、片岡龍也選手や柳田真孝選手、谷口信輝選手といった、日本のスター選手たちと一緒にチームメイトとして仕事をすることができた」

「その後は、フェラーリでオーストラリアGTに2年間出て、去年はアジアを中心に、5つもの選手権に出ていたんだ。その中の1戦は、スーパーGT。鈴鹿1000㎞にディレクション・レーシングから出たんだよ。それが初めてのスーパーGTレースで、素晴らしい雰囲気に感動した。その後、ガルフ・レーシングの人たちと将来のことも含めていろいろと話し合いをしたんだよね。僕はできるだけ長く、ここで走りたいと思っているから」

 そう言うだけあって、レスター選手は大の日本好き。インタビュー中も、ちょっとした日本語が飛び出してきて、ビックリさせられた。

「今はニュージーランドから通っているけど、来年には日本に引っ越したいと思っているし、言葉ももっと憶えたいんだ。ひらがなとカタカナの一部は分かるんだけど、漢字は今でも難しい。だから、ちゃんと先生について勉強したいと思っているんだよ」

「日本の文化も食べ物も大好きなんだ。食べ物だったら、特に焼肉としゃぶしゃぶ(笑)。5歳の時には、日本人の女性からお箸の使い方を習ったし、高校の時には2年間、基本的な日本語も勉強した。でも、完全に言葉を憶えるためには、もっと時間が必要だ。ロニー・クインタレッリ選手みたいに喋れるようになりたい。日本でレースをしていくなら、ああいう風にならないといけないし、なりたいって思うんだよね」

[オートスポーツweb ]