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西武、ロッテでトレーニングコーチを務めた大迫幸一氏「生涯現役!まだまだやりたいことがある」

5/5(金) 11:00配信

東スポWeb

【クローズアップ野球人間】2015年シーズンを最後に14年間在籍したプロ野球界を去ったのが、西武、ロッテでトレーニングコーチを務めた大迫幸一氏(63)だ。コーチ時代から「社長」の愛称で親しまれ、人柄の良さから所属球団のみならず、日本ハム時代のダルビッシュ(現レンジャーズ)や吉川光(現巨人)ら、相手チームの選手とも深い交流があった。現在は「普通の社長」に戻った大迫氏を、千葉・館山に訪ねた。

 元プロ野球トレーナーがこの4月1日に立ち上げた「館山フィットネスセンター ゴルフ&ベースボールアカデミー」は、年間を通して温暖で風光明媚な千葉・南房総、JR館山駅から程近くにある。

 年間を通して色あせない柔和な日焼け顔で大迫氏は「プロ野球で14年間お世話になっている間、ずっと会社の経営を奥さん任せにしていた。西武の時に5年で辞めようと思っていたのが10年になり、さらにチームも変わって4年延びた。遠征暮らしにも疲れたし、早く辞めたらやりたいと思っていたんだ」と今回立ち上げたアカデミーについて言葉をつないだ。

 もともとスポーツ施設の管理、運営、指導などを行う会社「(株)クラフトワーク」を経営していた同氏は2002年、当時西武の伊東勤総合コーチ兼捕手(現ロッテ監督)から要請を受け、西武のトレーニングコーチに就任。以来15年までの14年間、会社の経営を奥さんに任せきりにしていた。

 大迫氏は「もともとこういう仕事をしてたんだから何の違和感もない。14年間、トップレベルで野球の勉強ができたことに本当に感謝しています。野球ド素人のおじさんが打つ、走る、捕る、投げる…の基礎を給料をもらいながら学べたからね。分からないことがあったら選手にも『野球を教えてください』と頭を下げて教えてもらった。すべてが財産ですよ」と西武での10年間、ロッテでの4年間で出会った首脳陣、選手、相手チームの選手やトレーナーらにも感謝の意を表した。

 その上で自宅のある埼玉ではなく、別荘のある館山にアカデミーを作った意図について「緯度や気候的にもプロ野球がキャンプを張る宮崎に近い。近くに球場や体育館などもあってトレーニング環境も整っている。何年も前から野球とゴルフのジュニア育成をしたかったし、ゆくゆくはここからプロを輩出したい」と還暦を過ぎても衰えない夢実現への意欲を語った。過去にサッカー、アメフット、水泳、女子プロゴルフと様々なスポーツに関わった経験と人脈を生かし、アカデミーでは大迫氏以外にも女子プロゴルファー、プロ野球OBが指導に当たっている。

 1月には今でも同氏を慕って館山へ自主トレにやってくるロッテ・涌井、角中、江村、楽天・岸、細川、西武・炭谷、中村、浅村、ヤクルト・原樹ら多くのプロ野球選手と同じ環境でトレーニングをともにしている。

「涌井なんかはもう10年も来てくれてるけど、合宿中は毎日400メートルの坂道ダッシュを10本、アップダウンの激しい山道走を黙々とこなしている。やっぱり一流の選手ほど妥協しないんだよね。一方でね、ダルビッシュなんかは走るより筋トレで体をつくってきた選手だけど、自分のやり方と違う涌井のトレーニング方法もちゃんと認めている。一流同士は方法論は違ってもちゃんと認め合えるんだよ」

 そんな大迫氏の夢はまだこれで終わりではない。「これからの夢は館山で宮崎地鶏の焼き鳥屋を開くことと、アカデミーのそばに治療院を作ること。仕入れる宮崎地鶏のルートは開拓してある。こんな年(63歳)だけど、止まるのが怖いんですよ。まだまだなにかやりたい。生涯現役ですよ」。トレーニングウエア姿で大迫社長は笑った。

☆おおさこ・こういち=1953年7月19日生まれ。63歳。国士舘大時代はサッカー部に所属し、体育教師を目指したが頓挫。後輩の紹介でスポーツジムに就職する。警視庁近代五種水泳臨時コーチ、高校サッカーの指導などをしながら89年、女子プロゴルファー・日蔭温子のリハビリトレーナーとなり、復帰戦となった同年の日本女子オープンでキャディーを務める。翌90年には37歳でアメフットXリーグに選手として入団。94年にスポーツ施設の管理、運営、指導などを行う「(株)クラフトワーク」を設立した。2002年に現ロッテ・伊東監督に請われ西武のトレーニングコーチに就任。その後12年にロッテに移籍し、フィジカルコーチとなり15年に退団。14年間にわたったプロ野球界でのコーチ生活に終止符を打った。現在はクラフトワーク代表取締役社長に就任し4月1日に「館山フィットネスセンター ゴルフ&ベースボールアカデミー」を開業した。

最終更新:5/5(金) 11:11
東スポWeb