ここから本文です

大仁田が“川崎引退”を断念! 5・5で思い出す川崎球場決戦…金曜8時のプロレスコラム

スポーツ報知 5/5(金) 3:13配信

 かつて5月5日はプロレスの日だった。大仁田厚(59)が率いるFMWが5月5日の川崎球場大会を恒例行事にしていたからだ。プロレスの毎年恒例行事と言えば、新日本の1月4日、東京ドーム大会は「1・4ドーム」として定着し、1992年から今年まで26回連続で開催されている。

 FMWの「5・5カワサキ」は93年から95年にかけて開催され、大仁田はテリー・ファンク、天龍源一郎、ハヤブサと3年続けて、有刺鉄線電流爆破デスマッチを敢行。テリーや天龍を自分の土俵に引きずり出したのもすごいが、95年は「大仁田厚引退試合」というタイトルの興行で、後に引退を撤回したとはいえ、大仁田のプロレス人生最大のクライマックスであったことは間違いない。

 今年10月25日に60歳の還暦を迎える大仁田は、10月に還暦電流爆破マッチと引退興行「さよなら大仁田、さよなら電流爆破」を行う。昨年11月29日に引退興行を発表した際に、旧・川崎球場の富士通スタジアム川崎と交渉中であるとし、思い入れを語っていた。実際にスタジアムを訪れ、記念撮影も行った。95年の引退試合は5万8250人の球場最多の観客動員を記録したことで、プロ野球の張本勲氏、王貞治氏と並んで、記念ブースができている。

 91年限りでプロ野球のロッテ・オリオンズが撤退(千葉に移転し、マリーンズに改称)し、空き家状態が多く、借りやすかった当時とは違い、「アメリカンフットボールやサッカーのスケジュールで埋まっていて、簡単に使えなくなった」と大仁田。きょう5月5日は、川崎市アメフト協会による「川崎ボウル」(慶大VS同志社大、東京学芸大VS拓大)が開催され、プロレスが入る余地がない。

 最終興行の詳細は近日中に発表されるが、“川崎劇場”は断念せざるを得なくなったようだ。幻になった川崎決戦を振り返ると、ハヤブサ戦の悲壮感や天龍の男気よりも、テリー戦での火花の美しさが印象に残っている。激しさよりも、最後は美しさを見てみたい。それよりも本当に最後なのだろうかという疑問は消えない。(酒井 隆之)

最終更新:5/5(金) 3:15

スポーツ報知