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地元企業先導し半世紀、一層の飛躍を 三菱製紙八戸工場50周年

デーリー東北新聞社 5/5(金) 10:40配信

 三菱製紙(東京、鈴木邦夫社長)の最大の生産拠点である八戸工場(青森県八戸市河原木青森谷地)が1967年1月の操業開始から、今年で50周年を迎えた。64年に八戸地区が新産業都市に指定されたことに伴う、青森県と市の誘致企業の認定第1号。臨海工業地帯に広大な敷地と工場を有し、半世紀にわたり地元産業をリードしてきた。経済発展や雇用創出で地域貢献を果たした企業は、未曽有の被害をもたらした東日本大震災を乗り越え、新たな事業展開を見据えながら一層の飛躍を目指す。

 八戸工場は原材料の調達から製造、出荷までを一貫して手掛ける。洋紙事業を主力とし、雑誌やカレンダーに使われる高級印刷用紙、産業用インクジェット用紙、コピー用紙などを製造。生産量は年間70万~80万トンに上り、数量、売上高ともに同社で最大となる。

 臨海工業地帯北部に大工場を構え、敷地面積は約148万3100平方メートル。紙の原材料となる木材チップから繊維分のパルプを取り出す「連続蒸解釜」やエネルギープラント、パルプから紙を製造する「抄紙機」などの設備がある。

 輸送手段はトラック、貨車のほか、チップを海外から輸入する運搬船や製品を運ぶ船を活用。工場内に専用岸壁が整備され、八戸港の発展にもつながった。

 現在、工場で働く従業員は三菱製紙グループ会社の約1050人。協力会社も含めると約1500人が業務に当たり、大半が八戸周辺の出身者だ。2014年4月に工場と関連子会社の事業を再編し、新設した子会社「エム・ピー・エム・オペレーション」が業務運営を請け負っている。

 一方、11年3月11日の東日本大震災で工場が津波に襲われ、甚大な被害を受けた。早期の復旧を進め、メイン設備の抄紙機は被災から8カ月後の同年11月に全機が運転を再開した。

 16年度には向こう3カ年の第2次中期経営計画を策定。紙需要が減退する事業環境を踏まえ、「アライアンス(企業間提携)による収益の安定化」を重要方針に掲げた。洋紙事業を中心に、製紙業界最大手の王子ホールディングス(東京)との連携を強化する。

 山田清春工場長は「50年の間に起きた幾たびかの災害や経済変動の荒波を乗り越えることができたのは国や県、八戸市、関係する方々の理解があってこそ。今後も地域と共にさらなる発展、飛躍を目指す」とした。

 三菱製紙は9日、八戸パークホテルで八戸工場操業50周年記念祝賀会を開く。

デーリー東北新聞社

最終更新:5/5(金) 10:52

デーリー東北新聞社