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“痛み“を知る役者陣と“痛み”を醸す東海岸でこそ成し得た『マンチェスター・バイ・ザ・シー』

5/7(日) 12:00配信

dmenu映画

皆、後悔と弱さを抱えながら、それでも前を向いて生きていく――。今年のアカデミー賞で脚本賞(ケネス・ロナーガン監督)、主演男優賞(ケイシー・アフレック)に輝いたヒューマンドラマ映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』からは、そんなメッセージが静かに、でも強烈にほとばしる。

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主人公は、米ボストン郊外でアパートの便利屋をしながら生活するリー(ケイシー)。ある日、兄の突然死をきっかけに故郷に戻り、兄の息子である甥パトリック(ルーカス・ヘッジズ)と、疎遠であった自身の元妻ランディ(ミシェル・ウィリアムズ)、彼らを取り巻く人々と触れ合いながら、過去の悲劇と自分のトラウマと向き合うことになる――。

リアルな痛みを伴う物語と痛みを知る役者陣

ボストン郊外で淡々とした日常を生きるリーの孤独な姿や、喜怒哀楽の感情を失ったかのような表情に、なんとも言えない胸騒ぎと、理由の分からぬ悲しみを感じる序盤。と思うと、1人酒飲む夜のバーでからまれ、異常なほどに暴力的になり、相手を殴り倒すリー。彼はどうしてこうなのか? 一体何を背負っているのか? そんな疑問が浮かぶなか、舞台は、リーの故郷マンチェスター・バイ・ザ・シーへと移っていく。 労働者階級の家族が多く、皆が知り合いであるような東海岸の小さな漁港の街だ。

そこで明かされる過去の“悲劇”。物語の中核なので、ここに記すことはできないが、リーの立場は、とりかえしのつかないことを起こしてしまった「加害者」であり、「過失者」であり、「失態者」である。這い上がることも、向き合うことも容易ではない苦しみから逃げ、ひっそりと生きていきたい……と思わせるような。それでも、目の前には自分を必要としている甥がいる。自分が、甥が、一歩を踏み出すために、向き合わなければならないことがあるのだ。この街では、その他の登場人物たちもまた、各々の後悔を抱えて生きており、もがきつつも一歩を踏み出そうとする姿が、リアルな痛みを伴いながら心に染み入る。

様々なレベルで“痛み”を知る役者陣の演技も素晴らしい。

主演のケイシーは、私生活での失態や、世間を混乱させたフェイク・ドキュメンタリー作品の製作などによって、業界をやや干された形になっていたところに、兄貴肌の親友マット・デイモンから同役を譲り受けた。アカデミー賞受賞の際に、「また、このコミュニティに迎え入れてもらえたこと」に感謝するスピーチを行っていたが、ある種の傷と罪を背負いながら、静かに再起に踏み出す姿は、同作のリーに重なるところもある。

アカデミー賞助演女優賞にノミネートされたランディ役のミシェル・ウィリアムズも、同作に感傷をプラスしている気がしてならない。象徴的な出演シーンで放たれる台詞“My heart was broken(和訳:私の心は壊れたの)”は、ミシェル自身が2008年に、元婚約者で娘の父でもある俳優ヒース・レジャーが亡くなったときに、最初に出したコメントと同じでもある。痛みが充満したランディの言葉と涙に、ミシェル自身の魂がこもっているようにも感じるのだ。

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最終更新:5/7(日) 12:00
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