ここから本文です

「君を忘れない」亡きサッカー少年の名を大会の冠に 恩師提案、沖縄に来た母感涙

5/7(日) 12:10配信

沖縄タイムス

 那覇市の少年サッカークラブに所属し、転校先の神奈川県で2年半前に病気のため12歳で亡くなった栗山壮さんをしのぶ「第10回前島・島ちゃん・壮カップU-12強化大会」が3、4の両日、奥武山陸上競技場などで行われた。県内の競技力向上を目的に始まった同大会の10回の節目に、前島SCの島袋広幸監督(46)が「みんなに彼のことを忘れてほしくない」と「壮」の冠を加えることを提案。48チームが参加し、汗を流した。(運動部・我喜屋あかね)

この記事の他の写真・図を見る

 小学4年生の時にサッカーを始め、泊SCに所属していた栗山さん。メンバー不足のため、前島SCと合同で練習や試合に出場したことがきっかけで、島袋監督と知り合った。「壮はいつも、僕のそばを付いて歩いていた。注意されてもめげない、明るい子だった」と振り返る。

 父美昭さん(50)の転勤で2014年に横浜の中学校に進学。現地のクラブチームに所属し、サッカーに汗を流す日々を送っていた。だがその年の11月、頭痛のため病院に行き、脳膿瘍(のうよう)と診断された。すぐ検査入院となったが、その日の夜に意識がなくなり、27日に亡くなった。

 大会名の変更が提案されたのはことしの3月。美昭さんと母有希子さん(40)が沖縄を訪れたことがきっかけだ。島袋監督や保護者、同級生たちと思い出を語り合う中で「壮のことを忘れないために」と名前を入れることが決まった。

 当時のチームメートも運営に携わり、会場には栗山さんの写真が貼り付けられた手作りのボードが飾られた。那覇高1年の豊見本数磨さん(15)は「周りを元気にしてくれる子だった。今でも亡くなったことが信じられない」と話す。外間政紀さん(15)は、栗山さんが横浜に引っ越す時に手紙をもらった。「(おまえは)ライバルだから、頑張れよと書いてあった。壮のためにも俺たちが頑張る」

 横浜から駆けつけた有希子さんは「知らない人も声を掛けてくれた。何年たっても、みんながこうしてくれることがすごくうれしい」と目を潤ませる。美昭さんも「本人も少し照れくさいはず。沖縄って温かいですね」とほほ笑んだ。「いつも明るかった彼のことを忘れてほしくない」と島袋監督。「これからも壮の名前が入ったこの大会を続けていく」と誓った。

最終更新:6/27(火) 12:15
沖縄タイムス