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宝塚殿堂入り“絶世の美女”月丘夢路さん、95歳肺炎で死去

スポーツ報知 5/9(火) 6:04配信

 宝塚歌劇団出身で、映画やドラマで活躍した女優の月丘夢路(つきおか・ゆめじ、本名・井上明子=いのうえ・あきこ)さんが3日午後1時50分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。95歳だった。故人の遺志により、葬儀・告別式は近親者で執り行った。喪主は料理研究家の長女・井上絵美さん。後日、お別れの会を開く予定。

 娘役スターとして活躍し、端麗な美貌で国民的な人気を集めた月丘さんが逝った。

 井上・月丘映画財団によると、月丘さんは体調を崩し、3か月ほど前から都内の病院に入院。絵美さんら家族にみとられ、天国に旅立ったという。90歳を過ぎてから、芸能活動を控えるようになった。最後のテレビ出演は、12年のテレビ朝日系「徹子の部屋」だった。

 月丘さんは広島市出身。県立広島高等女学校(現広島皆実高)を中退し、37年に宝塚音楽学校に入学。39年に初舞台を踏んだ。同期には乙羽信子さん、越路吹雪さんらがいた。42年、五所平之助監督の映画「新雪」に出演し、美貌で人気に火が付くと、一躍スターになった。

 退団後は大映、松竹と移籍し、「晩春」「長崎の鐘」「君の名は」などに出演した後、日活に移った。看板スターとして川島雄三監督の「あした来る人」を始め、田中絹代監督の「乳房よ永遠なれ」、中平康監督「美徳のよろめき」などに立て続けに主演し、日活の黄金時代を支えた。被爆者の手記を基に、原爆の悲惨さを訴えた「ひろしま」にも出演した。

 日活がアクション路線に転じたのを機にフリーに。大ヒットした「華麗なる一族」(山本薩夫監督)など100本以上の映画に出演した。月丘さんは仲代達矢(84)を映画の道に導いた“大恩人”でもある。舞台「幽霊」を観劇し、映画「火の鳥」の相手役に指名。その後、「華麗なる一族」では母子役で共演した。

 映画「嵐を呼ぶ男」などで知られる井上梅次監督(10年逝去、享年86)と映画「火の鳥」で知り合い、57年に結婚。芸能界きってのおしどり夫婦として知られた。宝塚100周年の14年には「宝塚歌劇の殿堂100人」に選ばれている。

 ◆月丘 夢路(つきおか・ゆめじ、本名・井上明子=いのうえ・あきこ)1922年10月14日、広島・広島市出身。女学校の入学試験が受かったご褒美に、宝塚の舞台を見て憧れる。39年に宝塚歌劇団で初舞台。エキゾチックな美貌で轟夕起子、小夜福子の後を継ぎ、トップスターに。退団後は、戦中の大映の中心的な女優として活躍した。

最終更新:5/9(火) 6:04

スポーツ報知