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【アトピー名医・薄場氏の足跡】1)独自の軟こう療法追求

デーリー東北新聞社 5/8(月) 13:30配信

 八戸市の薄場(うすば)皮膚科医院でアトピー性皮膚炎をはじめとする疾患の治療に尽力した薄場眞(まこと)氏が3月、89歳で死去した。独自に考案した軟こう療法を求め、医院には今も全国から多くの患者が訪れる。家族や看護師らの話を基に、薄場氏の人となりと足跡をたどった。

 今はやりのステロイド外用薬は、果たして万能なのか―。1954年、東北大医学部を卒業して母校の皮膚科に入局したばかりの薄場眞は、恩師からこう問い掛けられた。
 前年に米国から日本に紹介されたばかりのステロイドは、その即効性と肌滑りの良さ、薬品臭の少なさから、旧来の皮膚治療向け軟こうを駆逐する勢いで広まりつつあった。
 「万能薬などというものはないでしょう」。薄場の直感は、数年間の臨床研究を経て確信へと変わった。多くの皮膚疾患は症状によって新旧の軟こうを使い分け、数種類を塗り重ねることで、より良い効能が得られるとの知見を得た。八戸市に父が設立した医院を32歳で継いでからも、試行錯誤は続いた。
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 その結果、たどり着いたのが「重層法」である。
 ステロイドをはじめとする新旧の軟こうを複数塗り重ね包帯を巻く。症状が重い場合は、患部を洗い流さずに軟こうを毎日塗り重ねることで薬効を持続させた。必要な軟こうがなければ自ら調合を考案し、市販薬と併せて約150種類をそろえた。
 特にアトピー性皮膚炎の患者に対しては、全身に満遍なく軟こう処置を施し、顔面にも包帯を這(は)わせた。必要な治療とはいえ、数日間は入浴もできない。軟こうの紫色は、しばらく肌に沈着する。患者にとっては少々難儀だったが、その確かな効能は徐々に認められていった。
 皮膚科を受診した患者は、良くも悪くも目立った。というより、におった。無臭のステロイドが全盛を極めた当時、昔ながらの軟こう成分はとりわけ強いにおいを放った。市民は親しみを込めて「薄場さんとこのにおい」と形容した。
 大量の内服薬や注射による副作用を可能な限り避け、最も安全で速やかに苦痛を取り除きたい―。
 薄場の信念は広く受け入れられ、やがて口コミで遠方からの患者も多く集うようになった。
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 薬効以上に患者へ感銘を与えたのは、薄場と看護師による親身な姿勢と、精神的ケアである。
 肌の疾患は目に見えるだけ、患者の精神的なショックは大きい。思春期を迎えた未成年や女性であればなおさらだ。
 薄場は治療の前後に、発症の原因を細かく確認し、説明することを忘れなかった。治療だけでなく、たわいもない話題から人生の悩みまで、時間の許す限り腹を割って語り合った。その折々にエールを送った。
 患者が軟こうの塗り方を自ら覚えられるよう看護師が実演する際は、感染の恐れがない限り素手で塗布させた。スキンシップのぬくもりに癒やされたという患者の声に、薄場も満足した。
 単なる治療では終わらない、血の通った触れ合いを重ねるにつれ、患者が薄場たちへ寄せる安心感と信頼感は高まっていった。
※敬称略

デーリー東北新聞社

最終更新:5/8(月) 14:05

デーリー東北新聞社