ここから本文です

【あの時・“地獄を見た男”琴風】(1)首から下が動かない

スポーツ報知 5/8(月) 15:01配信

 元琴風の尾車親方は、大関の座を目前にしながら左膝の大けがで関脇から幕下30枚目まで陥落。その後、何度も同じ箇所を痛めながらも、不屈の精神で克服して大関に昇進した。引退後も2012年に頸髄(けいずい)損傷の大けがを負ったが、懸命のリハビリで乗り越えて奇跡的な復帰を遂げた。4月26日に還暦を迎えた今もトレーニングを続け、相撲界に身をささげる“地獄を見た男”の土俵人生を振り返る。

【写真】尾車部屋から夏場所にデビューするアマ横綱・矢後

 これも、まわり道で与えられた試練なのか。2012年4月4日、福井・小浜市の市民体育館で行われた大相撲春巡業。巡業部長に就任したばかりとあって、尾車は精力的に会場を視察していた。歩き回りながら土俵の取組に目を向けた瞬間、養生用シートの継ぎ目に足を取られて前のめりになった。「すごい衝撃が体に走った。大変だ、という声は聞こえるのだけれど、自分で動けない」。後になって前に倒れたとわかったのは額に傷があったから。それほどの衝撃だった。

 気が戻ったのは搬送された小浜市内の病院のベッド上。目は見える。声も出るし、音も聞こえる。しかし、首から下に自らの意思が伝わらない。「手と足を動かそうとしたら動かない。これは大変なことになった。終わったかな…」。駆けつけた史枝夫人には「ゴメン…」としか言えなかった。2日後、民間の救急車で体を固定されたまま、8時間かけて東京の慶大病院へ。精密検査の結果は頸髄損傷。倒れた際、首に圧力がかかって大事な神経を傷めた。

 天井を見つめながら、一生の車椅子生活も覚悟した。あふれる涙をぬぐおうにもぬぐえない。「土俵へ帰りたい。動かないのなら殺してくれ」。冷静さを失い、自暴自棄になって医師にあたった。「2、3日で動かなければ一過性ではない。手術をした方がいい」と医師に勧められ、5時間にわたりつぶれた神経を広げる手術を受けたが、手足はピクッと動く程度。「土俵であったいろいろなことを乗り越えてきたけど、これは一番きつかった…」。あるのは絶望感だけだった。

1/2ページ

最終更新:5/8(月) 15:01

スポーツ報知