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喜多方で佐藤銀十郎の武勲しのぶ 来年の戊辰150年、顕彰墓前祭

福島民友新聞 5/8(月) 12:12配信

 福島県喜多方市熊倉町で起きた戊辰戦争熊倉の戦いで、西軍を追い返すなどの活躍を見せながらも戦死した佐藤銀十郎。戊辰150年となる来年の9月、住民有志でつくる熊倉史学会が、銀十郎の墓がある同町の杉ノ下墓地で顕彰墓前祭を行う。

 同会の山本佑一郎会長(82)は「多くの人に銀十郎の生き様を知ってほしい」と準備を進めている 。  銀十郎は上州権田村(現在の群馬県高崎市)出身。江戸幕府の勘定奉行だった小栗上野介忠順の従者だったが、主君が斬首刑となり、小栗の妻を権田村から脱出させるため護衛として会津藩に入った。

 その後、会津軍に加わり転戦。熊倉の戦いでは不意を突く戦法で西軍を苦しめた。郷土の歴史を長年調べる山本会長は「敗戦、敗走を繰り返す会津軍の戦いの中で、勝利した熊倉の戦いでの銀十郎の武勲が伝わっている」と解説する。

 同墓地には、明治維新後に思案橋事件を起こした会津藩士の一人で、古里に戻り同墓地で自刃した中根米七の墓も並ぶ。

 地元住民ら35人が集まり、4月に設立した熊倉史学会は本年度、戊辰戦争の講話、史跡巡りを行い、来年度は2人の墓前供養祭、功績を記した案内板と説明版の設置、銀十郎の生涯をまとめた本の刊行などを行う計画。山本会長は「古里の歴史を後世に伝えていきたい」と話している。

福島民友新聞

最終更新:5/8(月) 12:12

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