ここから本文です

「エンジニアに無理と怒られた」――熱烈“攻殻”ファンが思い込めた「1/8タチコマ」開発の舞台裏

ITmedia NEWS 5/9(火) 7:25配信

 「うちの社内では、アニメ好きの社員の中で“必修アニメ”がある。その1つが『攻殻機動隊 S.A.C.』。そんなアニメに登場する『タチコマ』を作ることになった。ただの玩具を作るだけなら、決まった言葉だけを覚えさせればいい。しかしアニメの中のタチコマなら、どんな言葉にも何かしら返答するはず。私たちは玩具ではなく、タチコマを作りたかった」

【写真多数】他の角度から見た「1/8タチコマ」

 そう話すのは、家電ベンチャーCerevoの海田裕二郎プロダクトマネージャー。海田さん率いる6人のプロジェクトチームは、約1年半の歳月をかけ、アニメ「攻殻機動隊 S.A.C.」シリーズに登場する4足歩行ロボット「タチコマ」を約8分の1のサイズで再現した。

 製品名は「うごく、しゃべる、並列化する。1/8タチコマ」。音声認識機能を備え、ユーザーが話す言葉を理解。合成音声機能も搭載し、劇中と同じく声優・玉川砂記子さんの声で返答する。

 4本脚の下部には車輪を備え、スマートフォン向け専用アプリ(iOS/Android)で遠隔操作して動かせる。脚部や物をつかむ腕(マニピュレータ)などには合計21個のモータを搭載し、電動駆動する。

 価格は15万7400円(税込)。「高額なだけに全く売れないのではないかと不安だったが、予約販売が始まって約1カ月、想定以上のペースで売れている」(同社)という。ユーザーの心をつかんだ1/8タチコマは、どのようにして作られたのか。海田さんに開発の舞台裏、1/8タチコマに込めた思いを聞いた。

●「モーターをあと4個」 エンジニアに「無理」と怒られる

 開発のきっかけは、攻殻機動隊シリーズの製作委員会などが参加する「攻殻機動隊 REALIZE PROJECT」からCerevoに声が掛かったことだった。同プロジェクトは、劇中に描かれているロボットや人工知能(AI)などの技術を、大学や企業が共同で研究・実現させるというものだ。

 Cerevoは、2016年2月には別のアニメ「PSYCHO-PASS」に登場する「ドミネーター」を発売している。PSYCHO-PASSと攻殻機動隊は、アニメ制作会社が同じProduction I.Gということもあり、「今度はタチコマを再現できないか」という話になった。

 「近未来の世界を示唆する攻殻機動隊は、アニメ好きの社員の中で“必修アニメ”という認識がある。私自身、社内でも上位に入る攻殻機動隊のファンで、ハリウッド実写版『GHOST IN THE SHELL』(17年4月7日に日本公開)も公開初日の朝一で見に行ったほど。それで白羽の矢が立ち、プロジェクトリーダーになった」(海田さん)

 それほどのファンだけに、開発は妥協できなかった。「タチコマには、さまざまな要素が詰まっている。4足歩行のロボットでもあるが、コミカルな動きをしながら感情豊かに会話するキャラクターでもある。1人のファンとしてタチコマをどう仕様に落とすか、検討しながら作り始めた」(海田さん)。

 最大の問題はバランスだった。劇中のタチコマは、ボディの背部に人間が乗り込む「ポッド」が付いたクモのような形をしている。だが「そのまま再現しようとすると重心が後ろに寄るため、4本足で立つことすら難しく倒れてしまう」という。

 「市販されている4足歩行ロボットだと、ボディの四方に均等に脚部が付いているのがバランスを保つには理想的。しかしタチコマは、既存のデザインを崩せない。例えばポッドのサイズを大きく変えるなど、デフォルメをし過ぎるとタチコマではなくなってしまう。すごく悩ましかった」(海田さん)

 劇中のタチコマは腕や脚を大きく動かし、身振り手振りで感情を表現するのも特徴だ。こうした特徴も「満足できるレベルになるまで再現しようとして苦しんだ」という。「例えば脚を横に開くには、脚部のタイヤが横滑りしないといけない。しかし滑りやすくしすぎると踏ん張れなくなり、立てなくなる」(海田さん)。

 「作中でタチコマが取ったポーズは、可能な限りできるようにしたかった」と海田さん。「(同程度のサイズの)市販ロボットにしては相当多い」という21個のモーターを搭載し、可動部を増やしたという。「アニメキャラのフィギュアを買った人が、好きなポーズを取らせたいと思うのと同じ気持ち。欲を言えばあと4個はモーターを載せたかったが、担当のエンジニアから『無理』と怒られた」。

●「アニメを見返し、タチコマのせりふを全て書き出した」

 デザインや動きだけでなく、中身も妥協していない。1/8タチコマは、無線LANでネットに接続し、音声認識エンジンと音声合成エンジンを使い、ユーザーが話した言葉の意味を解釈して返答する機能を備える。

 「玩具として考えれば、『こんにちは』などの定型文だけを収録して、ユーザーの特定のせりふだけに反応するものでも、商品としては成り立つ。しかし、決まった言葉しか返答しないのはタチコマではない。僕らはタチコマを作りたかった」(海田さん)

 キャラクターボイスは、アニメと同じく声優の玉川砂記子さんが担当し、600種類以上を録り下ろした。作中のせりふや「こんにちは」といった挨拶など、ユーザーとの会話でよく出るであろうフレーズは、定型文で収録。それ以外は、玉川さんが話した言葉から、音を構成する要素「音素」を抽出し、組み替えて別の言葉を合成する仕組みで再現する。「アニメのタチコマほど流暢ではないが、劇中と同じ声で話すようにはなった」。

 作中のせりふを収録するために「アニメシリーズを見返し、タチコマがしゃべっているせりふを全て書き出した」(海田さん)。収録せりふは、同アニメ脚本家の櫻井圭記さんが監修し、「ちょっとお腹すいたなあ。どっかに電源ないかな?」(バッテリーが切れそうなときのせりふ)など、アニメでは出て来ないが、汎用性が高いフレーズを追加してもらったという。「櫻井さんが考えたせりふだからこそ、よりリアルで、間違いなくタチコマの言葉になっただろうと思う」。

●並列化機能は「すんなり実装できた」

 一方、海田さんが「すんなりと実装できた」と話すのが「並列化」機能だ。あるタチコマが記憶したことを、別のタチコマも共有・同期する――という作中の仕組みを再現したものだ。

 例えば、あるユーザーが自分のタチコマに「レモンは甘いんだよ」と教えると、Cerevoのサーバ上で、レモンの画像と「甘い」という追加情報を結び付ける。その後、他ユーザーのタチコマにも情報を共有。そのタチコマにレモンを見せると、本体のセンサーで画像認識し「知っていますよー、レモンでしょ? レモンは甘いんだってね」と話すようになるという。

 「個人が持っているiPhone、iPadを同期する作業も『並列化』と言える。だが今回のタチコマは、高額なだけに1人が複数台を持つのはかなりのレアケース。そうすると、違うユーザーのタチコマと並列化しないといけない」(海田さん)

 この「他人のタチコマとの同期」が、かえって実装が上手くいった理由という。タチコマがユーザー別に成長する機能を作るのは、開発や管理が難しい。だが、各ユーザーのタチコマが情報の入り口となり、全体に一概に覚えさせるだけなら、開発のハードルは高くない」(海田さん)。

●「ロボットへの心理的障壁を払しょくしたい」

 「コミュニケーションロボットへの心理的な障壁を払しょくしたい」――海田さんは、タチコマにそんな思いを込めながら開発したという。海外では 「Amazon Echo」「Google Home」など音声AIアシスタントが認知され、普及しつつあるが、日本では「それほどロボットなどと音声でやり取りする文化が浸透していない」(海田さん)という。

 「日本人の大半は、ロボットに話しかけることが恥ずかしいと思っている」。例えば、何もモデルがないオリジナルロボットだと、ユーザーが「怖い」「どう話しかければよいか分からない」という心理的な抵抗を抱きやすい。タチコマのようにキャラクターとして知られているものをロボットにすれば、話しかけるハードルが下がると海田さんは期待する。「タチコマのキャラを借りることで、ユーザーが気軽におしゃべりできるコミュニケーションロボットの先駆けになるのでは」。

 「日本製のロボットは、最初から手足を生やそうとしがち。海外だと、Amazon Echoのように人型ではない音声入力ロボットから始まり、徐々に顔型のディスプレイが付いたり、足が生えたりして人間に近くなるので、日常生活になじむ。ただ、タチコマはそうした段階を飛び越えられるキャラクター性を持っている」(海田さん)

●「私たちはやり過ぎるところがある」

 「私たちはやり過ぎるところがある」――海田さんは、開発時をそう振り返る。Cerevoがアニメに登場するアイテムを再現したのは、ドミネーターに続き、タチコマが2例目。家電製品の開発技術を応用し、高額ながら「他の企業では作れるものは作らない」(海田さん)というスタンスを貫いてきた。海田さんは「私たちにとって『こういう製品が得意』というのが見えてきた」と話す。

 ドミネーターは、総数217個のフルカラーLEDを搭載するなど、市販の玩具と比べると異例の製品だった。海田さんは「この1年くらいでLEDをたくさん搭載するなどの技術を盛り込んだ玩具が出てくるようになった。(そうした高機能な製品の)市場はかなり大きいのではと思った」という。

 同社の甲斐祐樹さん(セールスマーケティング、広報)は「シリーズとして続けたいが、アニメや映画が題材になるので、版権元から打診があって初めて作れる。ただ、ドミネーター、タチコマを作った会社として認知されたと思うので、そういう話が来ることを期待している」と話す。

 「もっとライトな玩具でもいいかもしれないが、Cerevoが作る製品はそうしたくない。開発側の私たちが面白いと思えるものを作りたい。未来感や非現実感があるものを作り出すことで、社会から見た会社の評価を上げたい」(海田さん)

最終更新:5/9(火) 7:25

ITmedia NEWS