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菅野と28年前の斎藤雅を比べると…まだまだ及ばない“無言の存在感”

5/9(火) 16:31配信

東スポWeb

【赤坂英一 赤ペン!!】巨人・菅野智之は“平成の大エース”斎藤雅樹(現二軍監督)を超えられるか。

 2日のDeNA戦で、1989年の斎藤以来、28年ぶりに3試合連続完封勝利を達成した菅野、今週予定される次回登板には65年の城之内邦雄以来52年ぶりの4試合連続完封という大記録がかかっている。ここまでやれば、斎藤を超えたと言えるかもしれない。

 89年の斎藤と今年の菅野、私はどちらも現場で取材している。28年前の斎藤といまの菅野を比べると、エースらしい態度を示しているという意味で、菅野はもう斎藤にも引けを取らない投手になっていると思う。

 仲のいい小林とバッテリーを組んだ2日の試合で、菅野はサインに何度も首を振っていた。とりわけ多かったのが4回の先頭に梶谷を迎えた場面で、縦のカーブで三振に仕留めるまで、4~5回は首を振り続けている。

 それでも試合後、菅野は「今日は調子が悪かった。最後まで投げ切らせてくれた誠司(小林)のリードに感謝です」と同い年の女房役を立てた。WBC後に打棒が振るわず、守備のミスも目立った小林を気遣ったのだろう。昨年まで斎藤と並ぶ3年連続開幕先発勝利を達成、自他ともに認める巨人のエースならではのセリフだった。

 その菅野に引き換え、89年の斎藤はエースと呼ばれるような投手ではなかった。82年のドラフト1位で入団して7年目、前年まで先発ローテにも定着できず、弱気な性格で「ノミの心臓」とやゆされたほど。

 88年の秋に藤田監督によってオーバースローからサイドへ変えられ、89年に3試合連続完封や11試合連続完投など大記録を達成、エースへ大化けしたことは有名な話。ただ、いきなり主役に躍り出たせいか、取材の受け答えはまだ無名の若手のまま。何を聞かれても、「どうしちゃったんでしょうねえ」と繰り返すばかりだったのだ。

 その後、数々の実績を築いてからも斎藤の口の重さは変わらなかった。が、最盛期は試合前に「巨人の先発は斎藤」とアナウンスされただけで相手の応援団からため息が漏れ、「斎藤と聞いただけで嫌になるよ」と他球団の主砲に言わしめている。あの“無言の存在感”は、まだまだ菅野の及ぶところではない。

 菅野にもいずれはあの域に近づいてほしいものだ。といって、変に口が固くなっても困るが。

最終更新:5/9(火) 19:19
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