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今はなき香港のスラム街「九龍城砦」に魅入られた写真家が切り取った世界

BUSINESS INSIDER JAPAN 5/9(火) 12:10配信

1950年代から1990年代半ばにかけて、香港に流入した大量の移民は、0.03平方キロメートルの土地に12階建てビルを造り上げ、スラム街を形成した。それが、九龍城砦(きゅうりゅうじょうさい)だ。

小さな区画に3万3000人の人々がひしめき合って暮らし、最も人口が多かった時期は、現在のニューヨークの119倍もの人口密度だったという。犯罪がはびこり、ひどい衛生状態ではあったものの、1993年に建物の取り壊しが始まるまで、九龍城砦は驚くほど自律性を保っていた。

1980年代後半、カナダ人写真家のグレッグ・ジラード(Greg Girard)氏は、この窓さえない世界に入り込むことになった。彼は当時の九龍城砦の思い出をBusiness Insiderに語った。詳細な内容は、ジラード氏とイアン・ランボット(Ian Lambot)氏の共著『City of Darkness: Revisited』に掲載されている。

香港は長年英国の統治下にあったが、九龍城砦の領有権は中国側が保持したままだった。このような法的位置づけの曖昧さから、九龍城砦は無法地帯となってしまった。

1986年、九龍城砦に興味を持ったジラード氏は、その後4年にわたって何度も九龍城砦を訪れ、崩れかけた壁の内側で展開されていた人々の日常生活をカメラに収めてきた。

何十年にもわたって、住民たちはおもちゃのブロックを重ねるように部屋を積み重ねていった。その結果、「恐ろしげな雰囲気の建物になってしまった。だが誰がそうなると予想しただろう?」とジラード氏はBusiness Insiderに語った。

夜になると、無法地帯ぶりがより鮮明となった。犯罪が横行し、この地域を知っている者は決してここに近寄ろうとしなかった。

ジラード氏が訪れていたころの九龍城砦は、それほど危険ではなくなってきていたが、それでも地域の子供たちは、親からそこには近づかないよう教えられていた。

九龍城砦には、ありとあらゆる仕事が存在していた。学校や美容院は、夜になるとストリップ劇場や賭博場へと切り替わった。アヘンを中心とした薬物の違法取引も頻繁に行われていた。

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最終更新:5/9(火) 12:10

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