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島原・天草の乱後、徳島から移住 裏付ける史料、南島原で発見

長崎新聞 5/9(火) 10:40配信

 島原・天草の乱(1637~38年)後に徳島県からの移民が島原半島へ持ち込んだとみられる史料を南島原市教委文化財課が発見し8日、記者発表した。同県からの島原半島移住については、口承などで伝わっているが、裏付ける一次史料の発見は初めてという。

 同課によると、原城跡が最後の舞台となった乱で一揆軍約3万7千人はほぼ全滅した。荒廃した島原半島南部に、幕府の移民令で香川県小豆島町や九州の農民らが移住したとされる。

 ただ、移住については現存する文献や記録が少ない。熊本、山口両県に残る幕府の命令文や「小豆島生まれ」と刻まれた雲仙市内の墓石など数点が確認されているだけ。今回は「希少な史料が見つかった」(同課)という。

 史料は、1613年の「阿波郡新開見付之帳(あわぐんしんかいみつけのちょう)」(14ページ、縦31・9センチ、横19・5センチ)。徳島県阿波市の土地台帳で、所有者は現地の庄屋と考えられる。当時は紙が貴重だったためこの裏紙を再利用してとじ、27年に薬の製造や投薬方法を詳述した「南蛮流医薬書」(15ページ)が作成されていた。「阿波-」はページの内側に隠れている。

 昨年6月、南島原市の口之津歴史民俗資料館で同課学芸員が資料約600点を整理中に発見。地元住民宅の蔵で代々、保管され、1981年の同館開館以降に寄贈されたとみられる。

 史料2件とも一般庶民に出回る内容ではないとして、同課は「村をまとめるため農民以外に有識者も計画的に移住させた可能性を示している。研究の幅が広がるはず。今後、適切な保存処理をして、展覧会を開くなどして市民に公開したい」としている。

長崎新聞社

最終更新:5/9(火) 10:40

長崎新聞