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「アベノミクスの貯蓄で緩やかなインフレを」学習院大学教授 伊藤元重

5/10(水) 15:50配信

ZUU online

東京大学経済学部教授を経て、現在は学習院大学国際社会学部教授を務める伊藤元重氏。多くの政府審議会にも名前を連ねる同氏に、世界経済と金融政策の展望を聞く。(聞き手:ZUU online編集部 菅野陽平)※インタビューは4月6日に行われました。

――トランプ大統領誕生から現在に至るまで、世界経済に関してはどのようにお感じでしょうか。

2016年の秋以降、世界経済は上向きつつあります。途上国、先進国、共に華々しい経済拡大ではないですが、着実に上向きになっていると思います。そのようななか、ダウンサイドリスクもアップサイドリスクにもなりうるトランプ政権が誕生しました。今の状況というのは、緩やかな経済拡大傾向のなかにトランプという変数が加わって、一層の経済成長期待とともに、警戒もしなければいけないという状況だと思っています。

――昨年秋頃から経済が上向いた理由というのは何かあるのでしょうか。

非常に強い金融緩和が経済の下支えになっていることは間違いありません。そのうえに在庫サイクルやクレジットサイクルが回っており、今回の景気回復は、そのサイクルが良い方向へ循環し始めたというところだと思います。

ご存知の通り、バーナンキ氏のときのようなQEとか、黒田日銀の量的緩和とか、世界中で大胆な金融緩和をしているわけですよね。でも、これらはどちらかというと、本来の金融政策から見たら非常に特殊というか、非伝統的な政策です。

金融政策は本来どういうものであるべきかというと、経済が過熱しているときには金利調節で引き締めて、経済が減速しているときには緩めていくというアコモダティブ(accommodative)であるべきなんですね。アコモダティブというのは「状況に応じて対応する」という意味です。

段々とアコモダティブが浸透していけば、これからの金融政策はどちらかというと、金利上昇の方向に向かう可能性があります。アメリカはもちろん、ヨーロッパでもそのような動きは考えられるかもしれません。

――日銀の黒田総裁に関してはどのような印象でしょうか?

黒田さんのことは昔からよく知っていますが、非常にバランス感覚が良く、しっかり仕事をされていると思います。来年春に任期が終わるわけですが、再任を望む声がこれだけ出るということは、やっぱり世の中の評価が高いという表れではないでしょうか。

前任の白川さんとは、同じ年にアメリカへ留学したこともあり、40年以上の仲です。白川さんと違って、黒田さんは量的緩和に大きく踏み込みましたよね。旧来の中央銀行の立場から見れば非伝統的な政策であり、本当に大丈夫かなと心配する声もあったと思いますが、現状では物価上昇率2%は達成できていないものの、それでも一定の成果をあげていると思います。

――伊藤先生も緩やかなインフレが好ましいと考えていらっしゃいますか?

はい。デフレのときに何が起こったかと言いますと、名目GDPの減少です。アベノミクス発動前、日本の名目GDPが過去最大になったのは1997年なんです。534兆円くらい。ちょうど20年前なんですね。以降、日本の名目GDPは下落傾向にあり、その分だけ税収も減ってきますから、財政赤字がどんどん増えていきました。物価も下がっていくもんですから、人々の見方も非常に悲観的になった。こういう状態が続いたら、おそらく日本は破綻していたと思います。

破綻から抜け出す唯一の方法は、物価を上げて名目GDPを増加させていくしかないんですね。アベノミクス発動後は、着実に名目GDPが増えていきました。最近、GDPの統計基準が変更になり、今までより嵩上げされるようになったので、一概に過去との比較は難しいですが、それを差し置いても、ついに1997年のピークに並ぶところまで来たわけです。

穏やかなインフレが全てを解決するわけではありませんが、物価上昇率マイナス1%の「緩やかなデフレ」をとりあえず抜け出したというのが、今の状況だと思います。もちろん現状で十分ではないわけで、ここからさらに何ができるかが重要だと思います。

――そうするとアベノミクスは一定の成果をあげたということですか?

そうですね。あれ(アベノミクス)をやらなかったら大変だったと思いますね。現実問題として、あのひどいデフレから抜け出すためには、少なくともベターな対応だったと思います。

――今後どんなことがアベノミクスに求められると思いますか?

本格的なデフレ対策を実現できるかが一番大きな課題です。安倍内閣がもう5年目に入っているわけですが、アベノミクスの「貯蓄」ともいえる2つを有効活用することが重要です。ひとつは企業収益、もうひとつは労働市場です。

データを見れば分かりますが、日本の企業部門の収益はだいぶ増えています。特に私が注目しているのは、マクロ統計で言うところの「企業部門の貯蓄投資バランス」です。つまり企業が1年間にどれだけ儲けたか。そして儲けをどれだけを使ったか。儲けから使った額を引けば、企業の貯蓄額になるわけですが、これをGDPで割った数値は、他国を圧倒して大きいんですよ。ドイツよりもアメリカよりもイギリスよりも高い。

つまり、企業はものすごい額の貯金を貯め込んでいます。いい意味で言うとそれだけ企業収益が増えているわけですが、悪い意味で言うとそれを使っておらず、景気にも貢献してない。しかし、この巨額の内部留保の存在が、日本経済の大きなポテンシャルとも言えます。これは日本にとって大きな武器なんですね。

もうひとつ大きな「貯蓄」が労働市場。日本の人手不足は非常に深刻な状況で、いわゆる完全雇用状態にあるといってよいと思います。そうなると賃金に上向き圧力がかかりやすくなります。特に派遣社員とかパート社員、契約社員、中小企業も含めて、これから賃金が上がっていくと思うんですよ。

賃金が上がれば国民の所得が増えますので、連動して消費が増えることが期待できます。何よりも賃金上昇は、企業側から見たら人件費が高くなるということですから、これまで以上に生産性をまじめに考えなきゃいけない。簡単に言うと、日本の企業が行動パターンを変えていくためのショック療法として、人件費上昇は非常に重要な役割を果たしていると思います。

――2019年10月には消費増税が予定されています。

一般論として、消費税を段階的に上げてかないと、高齢化が急速に進む社会保障費をなかなかカバーできないと思うんですよね。インフレであれば日本の財政もなんとかなるという意見は半分嘘なんですよ。

なぜかというと、今のように財政赤字が残っている状態でインフレが起こると、確かに税収は増えますが、一方でインフレが起こる分だけ金利が上がってきますから、国債利払い負担が増えてしまいます。従って、まずはプライマリーバランスをできるだけ黒字に近いところにもっていかない限りは、インフレを起こしたとしても起こさないとしても財政破綻してしまう可能性があるものですから、インフレは万能だと考えるのが間違いなんです。

ただ、日本はこれだけ大きな債務があるので、債務をGDPに対して無理のない形で減らしていくためには、やっぱりある程度の穏やかなインフレが必要だと思います。穏やかなインフレは必要なんだけど、十分ではないということですよね。医療や年金の財源を消費税でカバーして、それから歳出もしっかり見直して、財政赤字はできるだけゼロに持っていくという方向を目指さないといけないと思っています。

――「死亡消費税」を提唱したという話も伺いました。

どこかの会議でちらっとだけ発言したら、なぜかその部分だけがクローズアップされているのが真相です(笑)

ただ、死亡消費税がいいかどうかは別にして、日本はどのような状況かと言うと、ものすごく社会保障費が多いんですよね。その多くを高齢者が使っているわけなんですけど、同時にそれを今まで赤字で賄ってきたもんですから、政府の借金も非常に膨らんでいる。

今後、高齢化のなかで誰が社会保障費を負担していくのか。誰が借金の返済をしていくのか。負担していくのは若い世代、あるいはこれから生まれてくる世代ですよね。なんかちょっとおかしいですよね。しかも年配の世代はたくさんお金を持っているんですよ。ならば社会保障費、あるいは国債の借金返済の一部は、お金がある年配の人に少し負担してもらってもいいんじゃないの?という考え方もありえるわけですよ。

相続税は一部の富裕層に偏ってしまうので、じゃあ消費税という手もあるんじゃないかなと。ただ、通常の消費税ですと、個人の消費額によって濃淡がでるので、なら死んだときに資産の10%くらい税金で頂いたらどうかと。以上のようなことをちょっと申し上げたわけです。

どちらにせよ日本の現状は、高齢者が社会保障費をたくさん使っていて、高齢者がお金をいっぱい持っていて、一方で政府はたくさん借金があって、それが次世代にどんどんのしかかっている。この状況を打破するために、色々なことを考えていく必要があるとは感じています。

――個人投資家が見ておくべき指標は何かありますか?

色々重要な指標はあると思いますが、アメリカの長期金利(10年債利回り)は見ておくべきだと思います。要するにこれが上がっていくかどうかですよね。円安要因ですし、アメリカの長期金利があがってくると、日銀もゼロ金利政策を維持できなくなってくると思います。

あと中小企業の賃金上昇率ですね。日本の労働市場は、3割くらいの人が大企業とか公務員とか、いわゆるベアで上がる世界で、ここはそう激しくない。残り7割のところが派遣とかパートとか中小企業とかでセンシティブな部分なんです。このセンシティブな部分の賃金上昇が日本の経済を考えるうえで重要なことだと考えています。

――最後に読者へメッセージをお願いします。

いろんな意味で、これから社会や経済の変化が激しいと思います。変化をピンチと考えちゃうと、色々不安が増してくると思うんですけど、変化があるということは、実はチャンスがあるということでもあります。

このメディア(ZUU online)の読者は、私のように60歳越えの人間じゃなくて、若い世代の方が多いと思いますので、これから起こる想定外のこととか、予想外の変化をむしろチャンスと捉えて楽しむくらいの気概を持って頂きたいなと思います。

伊藤元重(いとう・もとしげ)
学習院大学国際社会科学部教授。1974年、東京大学経済学部経済学科卒業。1979年、ロチェスター大学大学院経済学博士号(Ph.D.)取得。東京大学経済学部教授を経て、2016年4月より現職。東京大学経済学部名誉教授。著書多数。

最終更新:5/10(水) 15:50
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