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閑散としていた「競輪場」に、なぜ人が集まってきたのか

ITmedia ビジネスオンライン 5/10(水) 8:17配信

 地方自治体主催の「公営レース」(ギャンブル)に、ちょっとした異変が起きていることをご存じだろうか。

【競輪の売上推移】

 公営レースはバブル経済崩壊後、1990年代に「氷河期」に突入。景気悪化によって財布のひもが固くなったり、娯楽が多様化したり。さまざまな要因が重なって、「廃止」に追い込まれたところも少なくない。例えば、競輪。60年の歴史があった「花月園競輪」は2010年に、中部地区を代表する「一宮競輪」は2014年に、それぞれ幕を下ろした。このほかにも、びわこ競輪、西宮競輪、甲子園競輪などが、赤字経営体質から脱却できずに撤退することに。

 そんな中で、「お役所意識」を民が変える動きが出ている。2006年度に、民間企業が運営を一括受託できるようになり、「結果」が出始めているのだ。競輪やオートレースなどの着順を撮影している「日本写真判定」は2010年に、富山競輪のマネジメント業務を携わることに。その後も、山陽オートレースや松阪競輪などを手掛け、わずか数年で黒字化を達成したのだ。

 ファンが高齢化している中で、新しい客を獲得できていない。結果、売り上げが伸び悩む。そんな施設が多い中で、なぜ日本写真判定は「再生」させることができたのか。同社の渡辺俊太郎社長に話を聞いた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則。

●ゴミは散らかっているし、トイレは汚いし

土肥: 経済産業省が発表している「競輪の売上高」をみて、びっくりしたんですよね。1991年度は1兆9553億円もあるのに、2013年度には6063億円まで減少している。お客さんの財布事情や高齢化など、さまざまな要因が重なって売り上げが減少しているかと思うのですが、ここ数年、ちょっと異変が起きているんですよね。2013年度まで右肩下がりだったのに、その後、売り上げが少し伸びていて、2015年度は6308億円に。

 なぜ売り上げが伸びているのかなあと思って調べたところ、ネットでの販売が増えたり、夜間の開催日が増えたり、といった要因があるんですよね。でも、それだけではない。公営レースはこれまで自治体が行ってきたのですが、2006年度から「民間企業も運営してもいいですよー」(自治体から受託して運営)ということになりました。

 日本写真判定も2010年に、富山競輪場の運営を始めているんですよね。現在は6カ所を運営していて、それぞれで「結果」を出してきた。例えば、山陽オートレース場の売上高は2年連続で増えていて、2016年度は前年度比19.1%増の77億円。お客の数が減っている、売り上げが減っている、赤字が膨らんでいる、といった状況の中で、なぜ再生することができたのでしょうか?

渡辺: 当社の本業は、公営レースの着順を判定するために、写真を撮影すること。このほかに、場内アナウンスやレース映像の編集など、レースの周辺業務を請け負ってきたんですよね。しかし、公営レースの売り上げがどんどん減少していったので、当社の売り上げも厳しくなりました。

 2007年に社長に就任し、現場を見て回ってびっくりました。ゴミは散らかっているし、椅子は汚れているし、トイレは匂うし、スタッフは不愛想だし。そんな劣悪な環境で、売り上げが伸びるわけがないですよね。「なんとかしなければいけない」ということで、2010年に富山競輪を運営することにしました。

土肥: ゴミは散らかっていて、椅子は汚くて、トイレは匂って、スタッフは不愛想で。そんな状況の中で、何から手をつけたのでしょうか?

●ムダが多いことが明らかに

渡辺: 業務を精査したところ、非常にムダが多いことが分かってきました。警備、清掃、発券、広告などの業者があるのですが、その組織が縦割りなんですよね。例えば、警備員の足元にゴミがころがっていたら、その人は何をすると思いますか?

土肥: ゴミをひろいますよね。

渡辺: ひろわないんですよ。組織が縦割りになっているので「自分は警備をする人、だからゴミはひろいません」といったスタンスなんですよね。

土肥: えっ、ということは……。

渡辺: 売り場の人は売るだけ、案内する人は案内するだけ、清掃する人は清掃するだけ……といった感じ。清掃する人も清掃時間が決まっていて、ゴミがたくさん散らかっていても、その時間になるまで清掃しない。もちろんすべての人がそのような対応をしているわけではありませんが、非効率に業務を行っている部分がたくさんありました。

 あと、スタッフは笑わないですし、お客さんに声もかけない。どうしてかなあと思って調べたところ、「笑ってはいけません」「お客さんに声をかけてはいけません」といったルールがあったんですよ。

土肥: ちょ、ちょっと信じられません。遊園地などでは「笑顔を絶やさずに」「お客さんに声をかけましょう」といった感じで、コミュニケーションをとても大切にしているのに、公営レース場では真逆のことをやっていたということですか? なぜ、そんなルールがあるのでしょうか?

渡辺: 分かりません。想像の話になりますが、レース場には勝った人もいれば負けた人もいる。負けて機嫌が悪いときに、スタッフが笑顔で声をかければ怒られるかもしれない。だから、「笑顔はダメ」「声をかけてもダメ」といったルールができたのかもしれません。

 あと、お客さんを監視していたのかもしれません。レース場でスリをしている人はいないか、窓口でお金を奪う人はいないか、ケンカをする人はいないか、といった感じで見張っていたのかもしれません。いずれにせよ、「自分たちの仕事はサービス業である」といった認識をもっている人がほとんどいませんでした。

 もちろん、笑わない、声をかけない人が悪いといった話をしているわけではありません。スタッフは上から言われたことをそのまま忠実にやっていただけ。自分の仕事はきちんとやっていたんですよね。ただ、決められた以外のことはやらなかった……いや、やってはいけなかったんですよ。

土肥: いまの時代、この日本で、そのようなことが平然と行われていたなんて、ちょっと信じられないですね。不思議な労働環境がはびこっていた中で、どのようにしてスタッフのマインドを変えていったのでしょうか?

●ムダを徹底的に見直す

渡辺: そこは、とても苦労しました。これまで「笑ってはいけない」「声をかけてはいけない」と言われてきて、ずっと守ってきた。それなのに、明日から「さあ笑ってください」「お客さんにどんどん声をかけてください」と言われても、すぐにできません。実際に、ゴミが落ちていても「お客さんの近くで掃除をしたら怒られるかもしれない。怖くて、取りに行くことができない」という人もいました。

 そうした人たちには、まずは私も含めて男性陣が先頭に立って、掃除をして回りました。その姿を見て、「大丈夫なのか」と思っていただき、少しずつ従来の考え方を改めてもらいました。このほかに、研修を行うなどして、少しずつ新しい仕事の形を学んでもらいました。

土肥: 非効率な部分ってまだまだありそうですね。

渡辺: たくさんありました。例えば、バス。運行状況を調べてみると、かなり頻繁に走行しているんですよね。どうしてかなあと思って調べてみると、売り上げがよかったころの状況のままだったんですよね。つまり、お客さんの数が多かったころの状況に応じて、バスを運行していました。このほかにも、同じようなケースがありました。例えば、景気が良かったころと比べてお客さんの数は減っているのに、警備の数はそのままだったり、売り場の数もそのままだったり。

 お客さんの数に応じて、バスの運行数を減らし、警備員を減らし、売り場の数を減らすことで、ムダな経費を削減することができました。このような話をすると、どんどん縮小しているだけじゃないかと思われるかもしれませんが、そうではありません。不要なところは人を減らし、必要なところに人を増やしました。例えば、車券を売る人は売るだけでなく、屋台をつくって飲食に関係する仕事をしてもらったり、園芸コーナーをつくってお花に関係する仕事をしてもらったり。

 また、施設の改修にもチカラを入れました。家族で来ても楽しめるようなスペースを設置したり、地元住民向けのイベントを開催したり。ギャンブルだけでなく、スポーツを楽しんでもらうように工夫をしていきました。

土肥: 例えば?

渡辺: 選手が来場者を出迎えたり、走路の内側でレースを観戦できるようにしたり、地元の名産品を販売したり。レースがない日には一般の人に開放して、競輪場になじみがなかった人に足を運んでもらいました。

土肥: 横浜DeNAベイスターズの本拠地「横浜スタジアム」でも試合のない時間帯に、一般の人を開放していますよね。これまで球場、レース場といえば、高い壁があって、中を見ることができない。興味がない人にとっては、大きな箱であって、そこで楽しむことができないんですよ。そうした人にも楽しんでもらうために、施設を開放することはいいことですよね。中で、お弁当を食べてもらうだけでも、印象は大きく変わりますから。

●「競輪」と「ケイリン」

土肥: 公営レースを運営して、さまざまな改革を行ってきたわけですが、まだまだやらなければいけないことがありそうですね。

渡辺: ありますね。当社が運営している施設に行って「イメージが変わった。家族で行けるようになった」と言っていただけるのはとてもうれしいのですが、全体の流れを変えていかなければいけません。

土肥: 「競輪」と聞いても、まだまだ暗い雰囲気を感じている人が多いはず。

渡辺: 照明を当てたり、音楽を流したり、MCが登場したり、まだまだやらなければいけないことがたくさんあります。

土肥: 個人的には「競輪」とオリンピックの「ケイリン」をどうにかできないかなあと思っているんですよね。ケイリンは日本発祥で、オリンピックではシドニーから正式種目として採用されました。それなのに、成績がよくない。金メダルを手にした人はいなくて、最高が銅メダル。なぜ成績がよくないかというと、ルールが違うこともあるかと思いますが、施設の違いも大きいのではないでしょうか。例えば、国内の競輪場は1周333メートル、 335メートル、400メートル、500メートルの4種類が存在するのに、国際規格は250メートル。しかも傾斜がきつい。

 日本の施設に慣れている選手にとって、海外での「ケイリン」は別のスポーツをやるようなものかもしれません。プロ野球選手が、ソフトボールをやるようなものかも(違うかも)。日本で国際規格の施設で練習しようと思っても、1カ所しかないんですよね。話はややそれてしまいましたが、日本人選手がケイリンで金メダルを取れば、競輪が盛り上がるかもしれない。

渡辺: ですね。そのためには、お客さんをもっと増やさなければいけません。土日の開催を増やしたり、演出を工夫したり、さまざまな手を打たなければいけません。当社だけではなく、業界全体で取り組まなければいけない問題ですね。

土肥: バスケットのBリーグが開幕したとき、床にプロジェクションマッピングを投影するなどして、多くの人を驚かせました。新しいファンを増やすために、見たこともないコンテンツを提供するって大切だと思うんですよね。競輪はまだそこに着手できていないということは、まだまだチャンスがあるということ。本日はありがとうございました。

最終更新:5/10(水) 18:07

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