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<赤ちゃんポスト>10年で125人救う 出自知る権利課題

毎日新聞 5/10(水) 21:07配信

 親が育てられない子どもを匿名で預かる「赤ちゃんポスト(こうのとりのゆりかご)」を熊本市の慈恵病院が開設し、10日で10年を迎えた。昨年3月までに125人が託され、病院側は「多くの命が救われた」と受け止めるが、子どもの出自を知る権利の確保や自宅出産の多さなどが依然課題だ。窮状にある妊産婦たちをいかに救うか、模索が続く。

 ◇理由は「生活困窮」「世間体」「未婚」……

 熊本市の専門部会が2013年度末までに受け入れた101人について親が託した理由を調べたところ、「不明」を除く最多は「生活困窮」(21%)。「世間体、戸籍に入れたくない」「未婚」が、それぞれ17%で続く。慈恵病院元看護部長の田尻由貴子さんは「ゆりかごが必要でない社会が理想だが、必要としている人が多くいる事実が分かった10年だった。悩んでいる人も(病院への相談で)何千人と浮上した」と役割を評価する。

 頼るあてのない母子の受け皿になってきた一方で、ゆりかごには子の出自を巡る問題がつきまとう。病院側も相談を呼びかける手紙を取らなければベッドの扉が開かないようにするなど、親と接触を図る態勢を取っているが、101人中19人は身元が不明という。

 10年が経過し、思春期を迎える子も増えてくる。蓮田健副院長は「レイプや不倫で産まれたケースもあり、出自を知ることが不可欠とは断言できない」と話すが、開設当時に熊本県中央児童相談所の課長だった黒田信子さんは「親を知る手がかりがなく、子どもたちが精神的な衝撃に直面する」と懸念する。

 また、匿名で預けられる仕組みが、医療機関にかからない危険な出産を誘発しているとの指摘もある。ゆりかごに託された子の36%は、自宅や車の中での出産だった。

 ゆりかごのモデルとなったドイツでは、赤ちゃんポスト制度の廃止が勧告され、代わりに14年から「内密出産」制度が始まった。女性は相談所にだけ身元を明かし、医療機関で仮名で出産する。子どもは16歳になれば母親の情報を得られる。千葉経済大短期大学部の柏木恭典准教授(教育学)によると、これまで約300件の内密出産があったが、赤ちゃんポストの利用もなくなっていないという。

 柏女霊峰(かしわめれいほう)・淑徳大教授(子ども家庭福祉学)は「ゆりかごでは多くの身元が判明しており、病院は現実的な対応をしている。母親が匿名で出産して子どもを置いていけるシェルターの整備も望まれ、社会全体で議論する必要がある」と指摘。元熊本県中央児相の黒田さんは「預けられた子の育ち方を調査するなど、子どもたちのためにゆりかごをどうするかを具体的に話し合うべきだ」と訴える。【城島勇人、井川加菜美】

 ◇相談支援体制 少しずつ

 子どもを手放す前に妊婦や母親を支えたいと、慈恵病院では電話やメールによる妊娠相談にも応じている。件数は増加の一途で、16年度は6565件。そのサポート役が埼玉県川口市の養子縁組あっせん団体「命をつなぐゆりかご」だ。

 熊本から離れた地域の妊婦から「産んでも育てられない」「養子に出したい」といった相談があると、スタッフが会いに行って出産できる病院を探したり、自分で育てるか母親が結論を出すまで赤ちゃんを預かったりする。慈恵病院への相談をきっかけに特別養子縁組で新しい家庭を得た子は、10年で294人に上る。

 代表の大羽賀秀夫さんとともに活動してきた妻ふみ子さん(66)は「ゆりかごは、誰でも安心して出産できる仕組みができるまでの通過点。それまで、目の前で困っている人たちをできる限り救いたい」と話す。

 こうした「一歩手前」の支援は、少しずつ進んでいる。主な担い手の民間養子縁組あっせん事業者は10年で倍増し、23団体・個人に増えた。相談から出産、子育て支援まで一貫して関与する態勢を組んだり、行き場のない妊婦が入居できる「母子寮」を用意したりする事業者もある。

 公的な支援では、昨年度までに望まない妊娠などに対応する女性相談窓口が全都道府県の保健所などに開設された。20年度までには妊娠中から出産、子育ての悩みにワンストップで対応する「子育て世代包括支援センター」が全市町村に置かれることになっている。

 それでも自宅出産や新生児遺棄はなくならない。熊本市の専門部会長の山縣文治・関西大教授は「まずはゆりかごの仕組みが子ども福祉の観点から適切か、国が評価すべきだ。仮に認めるなら、全国にゆりかごを整備し、認めないなら『内密出産』など別の対策を考える必要がある。相談だけでなく『周囲に知られたくない』という妊婦を支援する仕組みがなければ、母子の命は救えない」と指摘する。【黒田阿紗子】

 ◇2例目目指す神戸 面談型対応も

 関西では神戸市の助産院で、国内2カ所目の「赤ちゃんポスト」の開設を目指している。医師不在などの問題で「ポスト型」は先送りし、24時間態勢の「面談型」による対応を今秋にも始める。

 NPO法人「こうのとりのゆりかごin関西」(大阪府箕面市)が今年2月、神戸市の「マナ助産院」にポストを開設する計画を発表。しかし、医師がいない助産院では預けられた子どもへの医療行為ができず、神戸市に課題を指摘された。面談を受け、児童相談所や警察、病院、特別養子縁組のあっせん団体などと連携し、適切な受け入れにつなげる仕組みでスタートすることにした。

 同助産院の永原郁子院長は「命を託してくれた母親に『あなたも大切な存在』と声をかけたい」と話した。【井川加菜美】

最終更新:5/11(木) 16:20

毎日新聞