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「11年前、いじめられて転校を選んで、本当によかった。」25歳女性の体験談

5/10(水) 22:00配信

STORYS.JP

いじめは学校、仕事のストレスは会社から。
私たちが抱える問題の一因は、環境に由来する。
「こんな学校イヤだ」「この会社合わないな...」そう思っていても、ごまかしごまかし我慢を続けて、その場に留まることがある。

「石の上にも3年」の言葉があるように、私たちは我慢をして現状に耐え抜くことに、どこか美を感じる癖がある。でも、果たしてそれでいいのか。

この事について、本日は25歳の女性が綴った手記をご紹介したい。

「違和感を感じたら、さっさと居場所を変えましょう」

私は現在都内の企業で働く25歳。
2年大手化学メーカーに勤めていたけれど、5月で退職し転職することになった。
その理由はひとつ。自分の居場所に違和感を感じたから。
同僚や先輩もいい人ばかり。辞めると言った時も、「自分にとって一番いいと思う選択を」と親のように心配しながらも最後は背中を押してくれた。
仕事内容はいわゆる若いうちから活躍できる環境、裏をかえせば責任やら仕事量やらが多くて、やりがいを感じるかと言われると△
ワンマンな上司にも嫌気がさしたし、好きな洋服や髪型を選べないのも実はすっごくストレスだった。
ここであと3年、5年働いて何になるの?何になれんの?いや、何になりたいの?そう思った時、自分を襲った違和感。これを無視して働き続けるのもひとつの選択だけど、私はそんな従順な人生は向いていないと判断。この職場からはおさらばすることに決めた。
割とあっさり退職を決めた私。でも環境を、居場所を変えることにためらいがないことは、幼少期のあることが原因。
それはさかのぼること11年前。中学生の頃だった。
私の中学校は田舎でヤンキーが多く、いわゆる荒れている学校。
時代はインターネットが登場し、携帯が普及しはじめたころ。
いわゆる裏掲示板が大ブーム。
ヤンキー系のクラスの女子と仲違いをした私は、見事に裏掲示板にフルネームで悪口をかかれ、陰口言われ放題。靴隠され放題。私もやり返したけど、そんなことにも虚しさを感じ、もう死んでしまいたいなと思っていた。学生にとって、クラスに居場所がなくなることは死活問題。いわゆる保健室登校なんかもしつつ、学校に行かなくなってしまった。親を悲しませて心配させて、申し訳なかったな。中学2年のわたしは、好きな音楽を癒しにしながら生きている心地がしないような毎日をしていた。夢もなくて、希望もなくて。学校にいかず勉強もせず、このまま不登校で人生終わるのか、と考えていた。
悲しくなった。言葉が悪いけど全然勉強もできない馬鹿なやつらのせいで自分の人生が壊されるのか。むかついた。このまま人生が終わっていいのか。まだ14歳。わたしの居場所は本当にないのか。この世界のどこにも?そんなわけないだろう。世界は広いぞ。
そう思ったわたしは親に頼んで隣の地区の学校に転校させてもらった。中3の春だった。といっても引っ越しはできないので、もちろん近所で元クラスメートに会う可能性は十分あった。見かけた時は足が震えた。新しい学校で、自分の変な噂とか流れたらどうしようって思った。だけどずっと引きこもっているよりも、新しい環境で生きていけることの方が魅力に感じた。だからわたしは毎日少し遠い学校に通って、そこで新しい友達に出会い、誰よりも勉強を頑張った。
結果、元クラスメートや同じ中学の人はだれも入学できない県内でもトップクラスの高校に合格した。そこでまた新しい友達に出会い、彼氏に出会い、人生を再スタートさせた。新しい学校は自由な校風、自由と芸術を愛する学生が特徴的で、自分にとってどこよりも居場所のいい環境だった。そこで出会った友達は今でも宝物で、イヤだった学生生活を一気に覆してくれた。
そうして大学にも進学して、就職して今自分で生きている。
あの時、転校して本当によかった。
いじめられて転校なんて、ひとによっては逃げてる、かっこわるい、立ち向かわなかった人、何て思われるかもしれないけど、わたしはあの選択をした自分を心から誇りに思う。
あわない場所からは逃げていいよ。環境はかえていいよ。だって人生は長い。
自分で選んだ道を生きてほしい。
いまいじめに困っている人、居場所に悩んでいる人も、選択を恐れないでほしい。
「失敗するかも」なんて、選択した後のことを恐れて行動しないのはもったいないと思う。
失敗したらその時また考えればいいよ。

それだけです。

------ 引用〆

あなたの居場所は、どうですか?

最終更新:5/10(水) 23:28
STORYS.JP