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[寄稿]全州国際映画祭が確認させた「映画の力」

ハンギョレ新聞 5/10(水) 16:39配信

 第18回全州(チョンジュ)国際映画祭が6日に閉幕式を行い、10日間の日程を終えた。大学で映画を教えながら、僭越にも全州映画祭の首席プログラマーの仕事を兼ねる筆者は、祭が終わると産後うつ病のような症状がぶり返して体と心がうずく。同時にパーティーの最中にあった胸いっぱいの出会いの記憶が次々と心に広がり、ひっきりなしにぐっときたりする。

 全州国際映画祭で投資支援する全州シネマプロジェクトのうちの一つであるイ・チャンジェ監督の『盧武鉉(ノ・ムヒョン)です』が初めて上映された時、この映画について「観客との対話」を進める予定だった筆者は、映画が終わる10分前に客席の雰囲気を探るためこっそり入ってみた。劇場の廊下に隠れて見えなかったが、客席からは観客がすすり泣く声が聞こえた。その音は一斉に噴き出す慟哭ではなく、涙をかろうじて我慢して漏れるすすり泣きだったが、客席のあちこちでうねうねと曲がり流れてくる泉の水音のように、小さいが強くリズムに乗って広がっていった。

 全州シネマプロジェクトは、投資はしても干渉はしないという原則で行われる。それで筆者は、『盧武鉉です』のイ・チャンジェ監督が撮影の途中で元のコンセプトを捨て、政治家盧武鉉が与党の大統領選候補となる劇的なプロセスに焦点を合わせ、それを可能にさせた市民運動を題材にした時、内心不満だったが反対はしなかった。直接・間接的に元のコンセプト、政治家盧武鉉の功罪を扱いながら彼の成功と失敗は個人的なものではなく韓国社会の成功と失敗であった、ということを表すコンセプトの初心を勧めたが、監督はそのまま押し通した。作品の結果を筆者が判断するのはまだ早いが、その日劇場で多くの観客が流した涙は、隣の人たちから感電したような衝撃を与えた。

 その翌日の夜、私は若い監督たちとともに打ち上げの飲み屋に行く途中、屋外上映場を訪れスタッフたちを激励して帰るところのキム・スンス全州市長と出会った。全州シネマプロジェクトのうちの一つである『初行』を演出したキム・デファン監督が、キム・スンス市長に一緒に一杯飲もうと唐突に提案した。彼が後で寄ってみると答えたとき、ただの社交辞令だと思ったが、彼は本当に私たちの打ち上げ会場を訪れ、10回乾杯を交わした後、支払いを済ませて帰っていった。その日の会話でキム・スンス市長は、数年間全州の西老松洞(ソノソンドン)にある古い風俗街を芸術家たちが作りあげる文化空間に変える作業を指揮しながら経験した、ノワール映画の素材を彷彿とさせるエピソードを打ち明けた。その中で一番印象的だったシーンがある。長い間外部の人たちは入れなかったその風俗街の内部にキム・スンス市長が入って初めて見たものは、家の内部で育っていた桐の木だった。桐は娘が大きくなって嫁に行く年頃になったとき、父親が丈夫な家具を作ってあげようと植えた木だと彼は話した。そんな思いで植えた木はすくすくと育っているが、いざそこには誰かの娘たちが不幸に暮らしているのが悲しいと彼は言った。筆者はその桐の木のエピソードが、善良な心と希望を想起させる芸術に関する巨大なメタファーに感じられた。この日、キム・スンス市長は「芸術は力が強い」という言葉を何度も繰り返した。その日その場にいた若手の映画人たちは、その言葉を呪文のように受け入れた。困難ではあるが、時に芸術は人の心を動かすことで、現実を変えることもできる。それがまさに今年の全州国際映画祭で確認した信頼であった。

キム・ヨンジン映画評論家(お問い合わせ japan@hani.co.kr)

最終更新:5/10(水) 16:39

ハンギョレ新聞