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【特集】古文書でひも解く尼崎の海はお魚天国?

5/10(水) 14:41配信

毎日放送

兵庫県尼崎市というと今では工業地帯のイメージが強いですが、昭和の初めまでは沿岸部は漁港として栄えていたといいます。そんな尼崎にまつわる古文書が最近見つかりました。江戸時代、地元尼崎藩が8代将軍徳川吉宗に献上したという特産品の海産物のリストの写しです。色鮮やかに描かれた魚介類が81種類あるのですが、いかんせん江戸時代のもの。名前のわからない魚も多いということで、MBSが独自に調査しました。

漁業が盛んだった尼崎

約160年前、江戸時代末期に創業した老舗蒲鉾店「枡千」。魚のすり身にごぼうやきくらげを入れて毎朝揚げる「天ぷら」は、尼崎の味として長年親しまれています。

「天ぷら言うたら、ここに買いに来るわな」(男性客)
「子どものときから親に連れられて買いに来てたから」(女性客)

この天ぷらが尼崎名物となったのには、わけがありました。

「江戸時代漁港があって魚がたくさんとれて、保存が利くものが何かないかということでできた」(尼崎枡千・十代目 尾上貴之さん)

工業都市のイメージが強い尼崎ですが、同じ場所の大正時代の写真を見ると多くの漁船が写っています。大阪に近いため鮮度がいいと人気を集め、昭和の始め頃までは漁業が盛んだったといいます。

古文書に描かれた尼崎の魚

そんなかつての尼崎の姿が垣間見える1冊の古文書が去年、市に寄贈されました。江戸時代、尼崎藩でとれた魚の絵です。8代将軍・徳川吉宗が藩の物産品リストとして献上させたものの写しで、81もの数が載っています。当時の尼崎藩は、尼崎市から神戸市兵庫区辺りを領地としていました。古文書にはクロダイなど今でも馴染みのある魚が載っている一方で、カシラブトなどといった耳慣れない名前の魚も・・・

「たぶんこれであろうというものもあるんですけど、時代で呼び方が変わってしまったということも出てくると思います」(尼崎市教育委員会 伏谷優子学芸員)

古文書の魚を「お魚博士」が調査

江戸時代に描かれた魚はいったい何なのか?勝手に調査することにしました。ぜひ調べたいと手を挙げたのは、普段はお天気を担当する京都大学水産学科出身で「ちちんぷいぷい」などでも魚の解説をしてきたMBSのお魚博士です。

「地方名で今回のように絵を描かれると、いったいその魚が今の何の魚なのかわからない。絵と現物を見比べながら古文書をひも解いたりしないといけない」(MBSお魚博士・毎日放送気象情報部 尾嵜豪部長)

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最終更新:7/20(木) 16:52
毎日放送