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【韓国】「内政・外交で現実的判断」 文新政権の動向、浅羽教授が展望

5/11(木) 11:30配信

NNA

 朴槿恵(パク・クネ)前大統領の罷免に伴う韓国大統領選は9日に投開票され、文在寅(ムン・ジェイン)氏が当選した。文氏は開票作業が終了した10日に大統領に就任。これまでの選挙モードが一気に統治モードに切り替わった。新潟県立大学大学院の浅羽祐樹教授はNNAのインタビューに応じ、文新政権の動向について「内政・外交ともに取り巻く環境は厳しい。取りうる選択肢は限られており、現実的な判断を迫られるだろう」と話した。
 ――選挙終盤には文氏1強体制となりましたが、途中までは中道野党「国民の党」の安哲秀(アン・チョルス)候補が激しく追い上げました。
 政治や政治家には独自のドメイン(事業領域)があって、そこで力を発揮できるかが検証される。安氏は医師や起業家としては成功したが、浮動層に影響を与えるテレビ討論会ではライバルに押される場面が目立ち、政治リーダーとしての資質に欠けると国民に判断された。特に今回は、朴氏の罷免に伴う補欠選挙ということもあって投票日までの時間が短く、国民が各候補の資質や能力などを判断する材料が少なかっただけに致命的だった。大統領というポストは職場内訓練(OJT)の対象にするにはあまりにも重すぎる。これは大統領選挙への出馬を模索したが途中で放棄した潘基文・前国連総長にも当てはまる。
 ――最終的には保守と進歩(革新)との争いとなりました。
 分断国家である韓国では、中道というポジショニング(位置取り)がなかなか厳しい。経済政策も本来重要な争点だし、同性愛や中絶に対してどれだけ寛容かなども対立軸になりうる。しかし韓国では何よりも、朝鮮半島を取り巻く情勢が厳しくなればなるほど、安保が理念対立の第一軸となる。例えば、北朝鮮に融和的な「太陽政策」に対する是非をテレビ討論会で問われた安氏は「あらゆる政策には良いところもあれば悪いところもある」などと教科書的な答えしかできなかった。安氏は在韓米軍への迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の配備に賛成し、一時、行方を失っていた保守層の期待を集めたが、政策に整合性がなく、支持をつなぎとめることができなかった。
 ――安保が対立軸になるのなら、韓国国民が文氏を選んだことに対してなおさら違和感を覚えます。
 安保が選挙の争点になったとしても、必ずしも保守優位に動くとは限らない。例えば、2010年3月に哨戒艦「天安」が黄海上で沈没した事件を巡り、「北朝鮮の仕業」という検証結果が出たにもかかわらず、同年6月の統一地方選挙では「平和か、戦争か」というフレーミングになり、北との融和を重視する革新系が勝利した。
 今回、朝鮮半島情勢が緊迫しているのは厳然たる事実だ。しかし冷静になって考えてみると、北朝鮮が核実験をしたり、ミサイルを発射したりすることで、米国がいよいよ本気になって取り組むようになったが、韓国自体への脅威には劇的な変化はないといえる。北朝鮮による韓国への攻撃は、前々から砲弾などで十分だからだ。ソウルは軍事境界線から50キロしか離れていない。
 文氏はテレビ討論会で、「北朝鮮を『主敵』と考えているか」との問いに対し、「大統領がいうべきではない」と正面からの返答を避けたが、有権者は特に問題視しなかった。韓国の憲法では、北朝鮮は「統一の対象」としても位置付けられているし、文氏は北朝鮮への圧力を否定しているわけではない。
 ――テレビ討論会を見ていて、北朝鮮への圧力を重視する自由韓国党の洪準杓(ホン・ジュンピョ)氏の安保観がしっかりしていると思いました。
 選挙戦の終盤、洪氏が猛追し、結果的に2位の座を安氏と逆転したのは、そうした有権者が増えたからだ。しかし、文氏の「圧力と対話」路線の方がより支持されたとみるべきだ。韓国は北朝鮮の脅威に対し不感症になっているという見方もあるが、日本とは戦略環境が違うだけで、韓国は韓国なりにリアルな判断をしている。
 ――文新政権は政府主導で80万人の雇用を創出することを公約に掲げています。
 洪氏が予想以上に善戦したことで、朴前大統領の弾劾・罷免で消滅の危機に瀕していた保守は復活の基盤を確保したといえるだろう。韓国国会(定数300)の議決要件は、2分の1ではなく、5分の3である。「共に民主党」(120議席)は少数与党で、法案を通し、政策を実行するためには自由韓国党を含めた野党からの協力を得なければならず、そのためには一定の妥協が不可欠である。つまり、文氏は政策面で現実的な判断を迫られることになる。文氏自身もその必要性を十分に認識しており、自由韓国党も「協治」の対象であると選挙前に明言している。しかし、それは文氏が「積弊(旧体制の弊害)」と呼んだ勢力と妥協することでもあるので、支持者の期待が一気に失望に変わる恐れがあり、もろ刃の剣でもある。
 ――文氏は閉鎖中の開城工業団地の再開に積極的と言われていますが。
 現実的な判断を迫られるのは外交面でも同じだ。文氏といえども、米国との関係を決定的に損ねるようなことはできるとは到底思えない。テレビ討論会でも「開城工団の再稼働は事実上難しい」と予防線を張った。「大統領に当選後に米国より先に平壌を訪問する」という発言に関しても、「(朝鮮半島の非核化など)状況を動かせる確信があるとき」と条件付けしている。
 THAADの配備に対しても「次期政権で検討」としただけで、「取りやめる」とは言っていない。「検討した結果、そのまま運用する」となることも十分考えられる。あくまでもフリーハンドの確保が狙いだろう。
 ――文氏は「反日」とのイメージが強い。
 大使館や総領事館前に設置されている慰安婦少女像の撤去は厳しいのは間違いない。2015年の日韓合意についても、再交渉や追加措置を求めてくるとみられる。ただ、再交渉を対話の条件にする考えはないようで、文氏は安保や経済における協力と歴史問題を切り離す「ツートラック戦略」を取ると明言している。雇用問題の解決を最優先に掲げる文氏が、回復基調にある経済を犠牲にしてまで歴史問題にこだわる余裕があるとも思えない。日本側が再交渉に応じるはずはないが、慰安婦問題の解決を日本との対話の前提条件とした朴氏の時のようには日韓関係が停滞することはないだろう。
 文氏の政策について警戒はするべきだが、過度に心配する必要もない。むしろ日系企業にとっては徴用工問題での大法院(最高裁に相当)の判決の方が深刻だ。第2次世界大戦中に労働に従事させられた元朝鮮人徴用工やその遺族が、韓国に現地法人を持つ個々の日本企業を相手取って法的賠償を求めた裁判で、大法院は12年5月に日韓請求権協定で個人請求権は放棄されていないとの判断を示した。差し戻し審で賠償を命じられた複数の日本企業は不服として再上告中だが、日本企業に賠償を命じる判決を確定することが確実視されている。徴用工問題は必ず爆発するという「時限爆弾」のようなものだ。韓国政府もこの問題には頭を悩ましており、65年の日韓基本条約以降の日韓関係が根本からひっくり返る恐れがある。(聞き手=坂部哲生、インタビューのほとんどは2日に実施し、選挙翌日の10日に書面で追加質問しました)
 <プロフィル>
 浅羽祐樹:新潟県立大大学院国際地域学研究科教授。北韓大学院大学校(韓国)招聘(しょうへい)教授。早稲田大学韓国学研究所招聘研究員。専門は、比較政治学・国際関係論。1976年、大阪生まれ。立命館大学国際関係学部卒業。ソウル大学校社会科学大学政治学科博士課程終了。Ph.D(政治学)。九州大学韓国研究センター講師(研究機関研究員)、山口県立大学国際文化学部准教授などを経て現職。著書に『「憲法改正」の比較政治学』(弘文堂, 2016年)、『日韓関係史 1965-2015』(東京大学出版会, 2015年)、神戸大学の木村幹教授との共著『だまされないための「韓国」 あの国を理解する「困難」と「重み」』(講談社,2017年)などがある。 https://twitter.com/yukiasaba

最終更新:5/11(木) 11:30
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