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引退表明アラン・ドロン 40年前の来日時に残した“名言”

東スポWeb 5/11(木) 17:02配信

【団塊記者の取材回顧録】「太陽がいっぱい」などの数多くの映画で知られるフランスの人気俳優アラン・ドロン(81)が引退することが10日、明らかになった。来年公開されるパトリス・ルコント監督作品と舞台作品の出演を最後に俳優業を引退することをフランスのメディアに表明したという。

 ドロンは映画のキャンペーンなどで何度も来日しているが、1977年4月に来日した時に取材したことがあった。当時41歳。

 映画「レッド・サン」(71年)で共演して以来、親交があった三船敏郎さん(97年死去)の「三船プロ創立15周年記念パーティー」への出席と、ドロンの新作映画「友よ静かに死ね」のキャンペーンをかねての来日だった。

 映画雑誌「ロードショー」の読者人気投票で2年連続1位になるなど日本でも人気が沸騰していた。同年4月17日、羽田空港のロビーには1000人近いファンが殺到して大混乱に。関係者は、やむなくドロンを裏口から脱出させるなど大フィーバーになった。

 当時、ユニフランス・フィルム駐日代表部が発行した小冊子「アラン・ドロン特集号」のインタビュー記事が注目を集め本紙でも取り上げた。68年10月1日に起きたドロンのボディーガード、ステファン・マルコビッチ殺害事件について初めて胸中を激白したのだ。ドロンは重要参考人として警察の取り調べを受け、逮捕はされなかったがマスコミに犯人扱いされて俳優生命を脅かす大スキャンダルに見舞われた。

「52時間も尋問を受けた。しかし俺は容疑者ではない。多くの人々が手錠をはめられた俺を見たかったらしい。パリは悪意にみちた都だ」

 事件は未解決のまま捜査は打ち切られたが、ドロンは内定していた芸術文化勲章を取り消されるなど事件の影響が続いた。

「しかし、俺は立ち直った。あの忌まわしい事件から、プロとしての姿勢を崩すことなく抜け出したと自負している。俺の映画は、事件以前よりも観客動員に成功している」

「シシリアン」(69年)、「ボルサリーノ」(70年)、「帰らざる夜明け」(71年)、「リスボン特急」(72年)などのヒット作で大スターの地位を不動にした。

「俺はフランスの映画俳優として、フランスのひとつのイメージを体現しているのだ。ボルドー・ワインや香水のシャネルのように俺はフランスの特産物の一つだ」という“ドロン語録”も有名になった。

最終更新:5/11(木) 18:58

東スポWeb