ここから本文です

井村雅代シンクロナイズドスイミングヘッドコーチインタビュー(3)世界へアピール

デイリースポーツ 5/11(木) 11:00配信

 2020年東京五輪へ向けて各界のキーマンにその信条や理念、東京五輪へ向けての提言などを聞く。初回は昨年のリオデジャネイロ五輪でシンクロナイズドスイミング日本代表を2種目で銅メダルに導いた井村雅代ヘッドコーチ(66)。日本を世界へアピールする“井村流”の方針も明かした。

 -当時の中国代表は。

 「中国のコーチはシンクロはダイエット種目だと思っていた。きちんと練習していないんじゃなくてコーチがきちんと練習させてなかった。(体を)細く細く仕上げていたから、何を食べるかから教えた。中国の肉って骨付きが多いけど肉をこそげ取って、トレーニング期は昼と夜は200グラムトレーニング期は摂りなさいとか」

 -フィジカル面で欧米人に日本人が対抗する方法は。

 「(日本人は)小さい、足が短い、(体が)硬い。はっきり言って素材が悪いが、競技人口が少なくそこまでセレクトできない。まず体をつくって体の使い方を教える。今回(リオ五輪)は足の短さに目が行かないように水着にこだわって発色のいい物を着せ、そこへ視線を集めた」

 -柔軟性は。

 「いい所に筋肉をつけてよく見えるようなシンクロの体につくりあげる。体をオーダーする。体のオートクチュールをするのがトレーニングコーチの仕事。(部分的に)してくれる。あの人たちはプロだから。(本人の努力が)それについてくる」

 -東京五輪で日本を世界へアピールするには。

 「島国の日本にはたくさん文化があって、表現したいものもたくさんある。だから私は日本の曲などを取り入れるんです。ただそこで“わびさび”に入ったらあかんと思ってます。世界中の人が『日本ってすてきだね』と言うくらいのところで終わっておかないと。すてきな浴衣でも外国人には藍色じゃなくてカラフルな方がいい。日本古来のものですと言っても理解されない。世界を感じる能力がないと自己満足で終わってしまう。世界を感じて、その中で狙いを外さないようにしないと」

 -東京へ向けての指導方法は。

 「14年に10年ぶりに戻ってリオまで2年半必死でやってきたけど、17年は(東京までの)1年目として過ごしたい。シンクロ選手としてのグレードをより上げるため、影響を与えたい。この間は(代表メンバーの乾、中村、中牧、丸茂を)ボクシングの試合に連れて行ったしオペラ、歌舞伎、人形浄瑠璃、芝居。日舞も見せた。年末には吉本に漫才も。私は、感動できる人間じゃなかったら人が感動する演技はできないと思っているから、本気のほんまもんのところへ連れて行ってやろうと思って。そこで何かを得てほしい」

 -東京では一番いい色のメダルを狙う?

 「いや、まず一歩。(リオの)銅メダルじゃない色、次の色を目指す。まず銀メダルがありますから」

 ◇プロフィル◇井村 雅代(いむら・まさよ)1950年8月16日生まれ、大阪府出身。小学4年で堺市の浜寺水練学校に入学し、中学からシンクロを始める。生野高-天理大。中学の保健体育教師を経て、78年から日本代表のコーチとして6大会連続のメダル獲得に尽力。04年に退任し、06年に中国代表のヘッドコーチに就任。08年の北京、12年ロンドン五輪でのメダル獲得に貢献した。14年に日本代表コーチに復帰し、昨年のリオ五輪で2大会ぶりのメダルをもたらした。

最終更新:5/11(木) 11:52

デイリースポーツ