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井村雅代シンクロナイズドスイミングヘッドコーチインタビュー(2)自国開催五輪

デイリースポーツ 5/11(木) 11:00配信

 2020年東京五輪へ向けて各界のキーマンにその信条や理念、東京五輪へ向けての提言などを聞く。初回は昨年のリオデジャネイロ五輪でシンクロナイズドスイミング日本代表を2種目で銅メダルに導いた井村雅代ヘッドコーチ(66)。中国代表ヘッドコーチとして経験した自国開催五輪に言及した。

 -自国開催の五輪についての思いは。

 「(代表ヘッドコーチとして)中国に行っていた2008年北京五輪で自国開催の素晴らしさを知りました。五輪は選手と関係者のものだけじゃなく、みんなのもの。みんなが北京五輪を成功させたいと動いていた。自転車にリヤカーをつけて腕章をつけた人がゴミ拾いをする。バスに整列乗車をするようにとか、信号をみんな守りましょうとか、みんなが北京に来てもらった方によかったと言ってもらおうという風が吹いていた。みんなが同じことに向かっていくことってそんなにない。だから気持ちいいなって思いました」

 -本番では。

 「開会式にはどうしても出してやりたかった。ボランティアが1メートルおきに並んで道を作ってくれる。開催国やから一番後で、みんなが『加油!加油!』って応援してくれる。選手たちは、鳥肌立ってるって言いました」

 -商業的な五輪は否定的に見られる。

 「商業ベースでもうけてやろうという人がいるのは事実ですごく悲しいこと。やめてもらいたいと思う。たくさんのスポンサーが現場の人を応援したいと思っている。その思いをちゃんと現場に届けてほしいけど、なかなか届かない。現場には関係ない。これ(東京五輪)を機会に五輪がみんなのものになればいい」

 -中国の指導者になった時にはバッシングも受けた。

 「中国では歓迎されたけど、本当に非難されました。そこまで言うかって思いました。新聞や週刊誌が「国賊」「裏切り者」「敵国に技術を売る」と。本当に自分は人の道に反しているのか、自問自答しました。それで出た結論は、日本人はよそから来るのは慣れているけど、出ていくのは慣れていない。日本人は驚いているんだ。初めての者はたたかれると。その結論に達したというか(無理に)達し“させた”。もともと人のうわさに興味がないし、人のうわさもしないし、そんなことに一喜一憂しない。気にしていたら中国なんていけない」

 -当時は井村シンクロクラブのコーチ職のみだった。

 「選手を捨てていくとか、そういう人の道には反していない。井村シンクロのコーチや保護者には相談し、すべてオープンに筋は通しました。うちのコーチは本当にえらいと思う。びっくりしていたけど、中国のいいところを持って帰ってきてほしい。うちのクラブからそれをやり始めると」

 ◇プロフィル◇井村 雅代(いむら・まさよ)1950年8月16日生まれ、大阪府出身。小学4年で堺市の浜寺水練学校に入学し、中学からシンクロを始める。生野高-天理大。中学の保健体育教師を経て、78年から日本代表のコーチとして6大会連続のメダル獲得に尽力。04年に退任し、06年に中国代表のヘッドコーチに就任。08年の北京、12年ロンドン五輪でのメダル獲得に貢献した。14年に日本代表コーチに復帰し、昨年のリオ五輪で2大会ぶりのメダルをもたらした。

最終更新:5/11(木) 13:14

デイリースポーツ