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飯舘で7年ぶり 販売用水稲作付け

福島民報 5/11(木) 13:30配信

 東京電力福島第一原発事故に伴う避難指示が一部を除き3月末に解除された福島県飯舘村で10日、販売を目的とした水稲の作付けが7年ぶりに始まった。今年は農家8人が秋の出荷を目指す。同日、田植え機に乗り込んだ村内須萱(すがや)の農業高橋松一さん(64)は本格的な稲作再開を喜びながら、村の農業再生への大きな一歩を踏み出した。
 新たに購入した田植え機が重低音を響かせながら水田を進む。青い作業着に身を包んだ高橋さんは運転する手をふと止めた。「やっぱり田植えは気持ちいいね」。深呼吸し、再開までの年月の重みをかみしめた。
 高校卒業後、会社勤めの傍ら水稲やブロッコリー、インゲン、繁殖牛などを育てていた。原発事故に伴い5頭の牛を市場に出し、農機はトラクターを残して全て売り払った。心血を注いだ農業から離れ、家族5人で二本松市に避難した。
 村営バスの運転手や農地の保全管理で生計を立てていた28年度、村から依頼され国直轄除染を終えた私有田約13アールでの実証栽培に取り組んだ。収穫量は原発事故前の半分程度だったが放射性物質は検出下限値未満だった。出荷はできないため、環境省が入る東京の庁舎食堂などで提供された。「土を守るだけでは田んぼの意味がない」。販売に向けた作付け再開を近隣の農家に提案すると「やってみっか」と数人が手を挙げた。
 大型連休中も避難先から毎朝50分かけて村に通い、土壌改良のための代かきや肥料散布に励んだ。原発事故前は苗を移植していたが、苗管理の負担を軽減するため水田に直接種をまく「じかまき」を採用した。16日までに他の農家から委託された水田も含め約5・8ヘクタールの田植えをする。
 収穫米は放射性物質検査を経てJAが全量買い取りしてくれる。それでも品質や旧避難区域で生産した農産物への風評に対する不安は拭えない。消費者アンケートの実施や8月に開業する「いいたて村の道の駅までい館」に商品を置いてもらうなど販路確保に努めるつもりだ。「売り上げで生活しようとは思わない。一歩でも前に進み、再開する人が一人でも増えれば」。村の未来のために種をまく。

福島民報社

最終更新:5/11(木) 13:48

福島民報