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【突破力 地方創生を担う企業】熊本電気鉄道(本社・熊本市中央区)

産経新聞 5/12(金) 7:55配信

 ■レトロ車両も収益寄与

 熊本市民から「熊電」の愛称で親しまれる。鉄道、バス事業にとどまらず、最近は台湾を中心とするインバウンド(訪日旅行)受け入れ事業にも力を入れる。苦境が伝えられる地方鉄道の中で、挑戦を続ける。

 明治42年創業の老舗だ。熊本市中心部から北東部にかけて、鉄道と路線バスを展開する。

 だが、経営悪化に陥ったこともある。熊本はマイカー社会だ。市中心部への通勤者ら6割は、車を利用している。このため、熊電の利用者は減少傾向となった。

 経営再建に向け平成20年、産業活力再生特別措置法に基づく中小企業再生支援協議会の支援を受けた。金融機関とは、約11億円の債務免除で合意した。

 「不採算事業から撤退、遊休地売却や関連会社の整理を進めた。どうやって再建計画を軌道に乗せ、会社を成長させるかが課題だった」。当時、常務だった中島敬高社長(67)は振り返る。

 九州新幹線全線開業(23年)を見据え、社員一丸で収益強化に取り組んだ。新たな収益源として注目されたのが、毎日運行する鉄道車両そのものだった。

 熊電の車両はいずれもレトロだ。昭和時代に首都圏や関西の私鉄で走り、熊本で“第2の人生”を送っている。藤崎宮前~御代志間を走る主力車両6000形は、都営地下鉄三田線を走っていた。

 こうしたレトロ車両の中で最も有名なのが、昭和20年代後半から東京急行電鉄(東急)が運行した5000形だ。車体は緑色一色で、正面の形状が下ぶくれ顔に見えることから「青ガエル」と呼ばれる。

 熊電は平成28年2月、青ガエルの運行を終了したが、その集客力に着目した。車両を動態保存し、イベントなどで活用する。

 青ガエルの後継車両として、東京メトロ銀座線で活躍した01形が熊本を走る。昨年6月、車体に熊本県の人気キャラ「くまモン」をラッピングし「くまモン電車」として運行する。

 車両そのものをPRしたことで、観光客の利用も増え、売上高は10年前と比べて6割増になったという。レトロ車両をモチーフにした関連グッズ開発にも、余念がない。

 このほか平日午前9時~午後3時半に限り、運賃のみで自転車を車内に持ち込むことができるサービスを皮切りに、終電の午後11時台までの延長や、駅周辺の駐車場と連携した「パーク&ライド」にも取り組む。

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 台湾からのツアー誘客など、旅行事業にも力を入れる。

 かつての再建時、こうした事業は金融機関から「基本に立ち返って、鉄道と路線バスの交通事業に特化するように」と撤退を求められた。

 それでも熊電は、「いつか花咲く」と手放さず、努力してきた。

 熊本では31年にラグビーワールドカップ(W杯)と世界女子ハンドボール大会が開かれる。その翌年には東京五輪もある。

 旅行事業について中島氏は「時代背景、環境的にやりやすくなった」と語った。

 旅行事業で台湾に軸足を置くのは、熊電ならではの歴史がある。

 3代目社長を務めた松野鶴平氏、4代目社長の頼三氏の親子は、ともに日台友好に尽力した。鶴平氏、頼三氏は自民党の大物国会議員でもあった。

 熊電は5年前から華僑人脈を頼りに、観光事業に取り組む。熊本県と熊本市が25年9月、台湾・高雄市と国際交流覚書(MOU)を締結したのも追い風になった。昨年6月には台湾事務所を開設し、熊電と同県大津町、高雄市で、学生交流や観光交流の包括連携協定も結んだ。

 高雄市には約420の学校に計約30万人の児童・生徒が在籍する。教育旅行を誘致できれば、地域活性化にも貢献できる。中島氏は「熊電としては宿から観光地めぐり、食事まで、すべてワンストップサービスで対応できる。台湾事務所を構えたことで信頼感も増した」と意気込む。

 このほか、電鉄会社としてはユニークなレトルトカレーを販売し、中心市街地に27年、アンテナショップも設けた。

 「アンテナショップは県外客も来ており、無駄なようで無駄でなかった。既存事業のウイングを広げることで3年後の創立110周年に、3億円の営業利益を目指す」。中島氏は高い目標を掲げる。

最終更新:5/12(金) 7:55

産経新聞