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きっぷをカプセルトイで売ってはいけない、なぜ?

ITmedia ビジネスオンライン 5/12(金) 7:10配信

 何事につけ批判にさらされるJR北海道で、4月にも残念なニュースがあった。町おこしのひとつとして、地元有志が無人駅の入場券を販売したところ、JR北海道から販売方法を改めるように求められた。せっかくの町おこしにしゃくし定規な横やりが入ったように見えたし、契約書に明記されていない事案のため「言った」「言わない」の話になった。

【4月1日に販売された新十津川駅の入場券】

 地元の人々はヘコんでいるだろう。JR北海道も苦渋の判断だった。わざわざ批判のタネを増やしたくないはずだ。どちらにも悪意はないと思われるだけに残念な案件である。しかし、これを「きっぷとは何か」「町おこしはどうあるべきか」を考える良い機会と捉えたい。

●列車が1日1往復の新十津川駅

 この事案の舞台は札沼線の終点、新十津川駅だ。札沼線は札幌駅の隣の桑園駅と新十津川駅を結ぶ路線で、ほとんどの列車が札幌駅を発着する。途中の北海道医療大学駅までは通勤通学路線として運行本数が多い。学園都市線という愛称もある。しかし、そこから先は大幅な赤字路線であり運行本数は激減。北海道新幹線が開業した日に、ついに新十津川駅を発着する列車は1日1往復になってしまった。

 新十津川駅は、午前9時28分に一番列車が到着すると、12分後の9時40分に折り返す。これが最終列車である。JR北海道はバス転換したい意向があり、地元は廃線の危機を感じている。ところが皮肉なことに「1日1本しか発車しない駅」「日本でもっとも最終列車が早い駅」として好事家の注目を集めるようになった。見物客も訪れるようになった。

 1日1往復の新十津川駅は当然ながら無人駅である。駅を訪れても記念品を買えない。そこで、新十津川町はJR北海道に相談し、入場券を委託販売する契約を結んだ。硬券という、昔ながらの厚紙のきっぷだ。鉄道ファンに人気が高く、旅行者のお土産としてもちょうどいい。価格はJRの運賃規定により170円である。

 新十津川駅は無人駅だから改札もない。本来は入場券がなくてもプラットホームに入れる。無人駅で入場券とは変な話だが、これは珍しい話ではない。JR四国の学駅も無人駅だが入場券を販売している。入場券の文字の並びが「入 学」となるため、有人駅時代から受験のお守りとして人気だった。学駅が無人駅になったあと、正月などで臨時販売する時期以外は、JR四国の主要駅で通年販売している。本来は販売終了するはずのきっぷを売る。売り上げもあり、購入者も満足する。イキな話だ。

 北海道新聞によると、新十津川町は観光の一助になると考え、町おこしの有志団体と連携してJR北海道と交渉し簡易委託販売として契約した。4月1日と2日に入場券再販売イベントを実施するため、1000枚を前払いで仕入れたところ2日間で完売した。

●はじめからカプセルトイにするつもりはなかった

 手応えを感じた町側は、さらに1000枚を追加発行してもらった。イベントでは手売りだったが、今度は「ガチャガチャ」と呼ばれるカプセルトイの自販機を導入した。販売機に200円を入れてガチャッと回すとカプセルが出てくる。カプセルの中身は入場券1枚とおつりの10円玉3枚が入っている。これは遊び心があって面白い。

 カプセルトイの販売機は電気を使わないから環境に優しい。きっぷには裏面に通し番号が入っていて「0001」や「0111」など並びの数字が人気だ。わざわざタイミングを計って並ぶ人もいるだろう。しかし、カプセルトイだと数字を選べない。きっぷを買う人全てに公平なシステムといえそうだ。

 しかし、この方式を4月18日に北海道新聞が美談として報じると、JR北海道が販売中止を求めた。皮肉なことに、2日後には同紙が「ガチャガチャ」方式中止を報じている。

 新十津川町の関係者は「はじめからカプセルトイで販売するつもりはなかった」と話す。最初のイベントでは販売スペースを用意した。しかし、普段は人員を割けず、付近の商店のご厚意で扱ってもらうことになった。80代の老夫婦がのんびりと営んでいる店だ。売りさばく、というようなしぐさは難しい。しかも、きっぷは簡易委託販売のため、店の会計とは別だ。店の商品に加えて入場券を売る場合は、それぞれの手間がかさむ。

 1日1往復の列車が到着し、折り返すまでの12分間で入場券を求める客が集まり、さらに店の商品も買ってもらえれば、ありがたいとはいえ対応しきれない。その苦肉の策として、自動で販売する方法を考えた。カプセルトイの販売機は、地元有志が旅先で訪れた土産屋のアイデアをまねた。販売機は遠方の知人から借り受けた。170円を投入できるという都合の良い機械がなかったため、100円玉を2枚入れるタイプにし、カプセルに30円の釣り銭を入れた。

 販売は自動だ。しかし手間を省いたわけではない。準備には手間がかかっている。有志が1つ1つのカプセルにきっぷと10円玉を詰めていくのだ。

 「はじめからカプセルトイが面白いと思い付いたワケではないんです。入場券の販売に快く協力してくれた老夫婦の負担を小さくしたかった。それなのに、カプセルトイのアイデアの面白さだけが広まってしまった」(関係者)。

●番号順に売れないから

 JR北海道が中止を求めた理由は「きっぷを番号順に売れないから」だ。ゲームアプリでは「ガチャ」方式が射幸心を煽るとして問題になったけれど、そうではない。JR北海道としては「きっぷは番号順に売る」という決まりだから。社内規定にも定められており、契約時に口頭で説明したという。

 しかし、町側は「説明を受けていない」と困惑する。言った、言わないの話になっている。ビジネスでもよくあることだが、この場合は立場の強弱で決着する。町としては訪れた人に販売したい。JR北海道としては、本来無用のきっぷだから売らなくても良い。結局、町側が折れて、対面販売に戻した。さぞ悔しかったことだろう。同情を禁じ得ない。

 関係者によると、カプセルトイ方式が報道された日の午前中にJR北海道の担当者が来て、「やめてほしい」と言われたという。理由を聞くと、旅客営業規則にあるとのこと。JR北海道は旅客営業規則をネットで公開している。JR旅客各社とほぼ同じだ。しかし、どこを見ても「番号順に売る」という記述はない。JR北海道の「社内規定にある」「契約時に説明したはずだ」という言葉は、「カプセルトイで販売」という記事を書いた記者がJR北海道に問い合わせて聞き出したものだという。記者も悔しかっただろう。楽しいこと、地域のためになることだと信じて書いた記事が、取りやめのきっかけになってしまったからだ。

 しかし、JR北海道の困惑も分かる。まさかきっぷをカプセルトイで販売するとは思ってもみなかっただろう。それだけ新十津川町有志のアイデアが奇抜だったわけだ。「社内規定で番号順に売らなければならない」は、おそらくその通り。番号順に売らないと、内部でキリ番を抜き取って転売する輩も現れる。過去にどこかの鉄道会社で、そんな事件もあったように記憶している。

 「きっぷを番号順に売る」は、きっぷの販売では当たり前のことだ。当たり前すぎるから外部との契約書に明文化しなかった。結果として「言った」「言わない」の話になる。さっそくひとつの教訓が得られた。社内の常識を社外の人間が知っているとは限らない。契約書は細かく明文化すべし、である。「社内規定は見せられない」ならば、なおのこと、見せられる範囲で契約書なり手引書に記す必要がある。

●きっぷの裏の番号の意味

 ところで、そもそもなぜきっぷに番号が振られているのか。個別の番号がなければ印刷の手順も減り、コストを下げられる。しかしきっぷの番号は必要だ。記事の中で、JR北海道は「売り上げや在庫の管理をするため」と説明している。1日にそのきっぷが何枚売れたか、その集計に使う番号だ。

 例えば、前日の締めで一番上にあるきっぷの番号が 0510 とする。これを帳簿に記載して、翌日の締めで一番上の番号を見ると 0512 だった。そうすると、「0512 - 0510 = 2」となって、その日に2枚売れたと分かる。番号を帳簿に記載するときは、きっぷの裏面、つまり番号の面に赤鉛筆などで線を引く。次の日は、この線のないきっぷだけを帳簿に記録すればいいので、全てのきっぷの番号を調べる手間を省ける。きっぷの裏に線が2本あれば「2日間売れなかったきっぷ」というところまで分かる。きっぷのコレクターの中には、この締めの線が多いきっぷを喜ぶ人もいる。

 きっぷの番号のもうひとつの意味は、駅員の不正防止だ。この話は180年も昔にさかのぼる。英国で鉄道が営業を始めたとき、きっぷではなく、乗客ごとに伝票を作っていた。乗車駅、下車駅、乗客の氏名、運賃を調べて、全て手書きで処理していた。しかし、列車の運行本数や連結車両数が増えると、この処理ではさばききれない。

 そこで、トーマス・エドモンソンという駅長が、あらかじめ行き先ごとにきっぷを印刷して、発行時に日付を入れる方式のきっぷを考案する。駅の数だけきっぷがあり、ズラリと並べてすぐに取り出すために、きっぷは伝票より小さくなった。ただし、小さい紙片はなくしやすいので、堅いボール紙を使った。これが硬券きっぷの始まりだ。エドモンソン式乗車券と呼ばれている。

 エドモンソンは特許を取り、世界共通の規格となった。きっぷの裏の番号は伝票乗車券時代の名残で、駅員のきっぷの着服を防ぐために入れられた。180年間もきっぷの裏には番号があり、集計や不正防止の手段だった。鉄道職員にとって、きっぷの裏に番号があり、番号順に売るという手順は当たり前のことだった。

●買い切りでもカプセルトイはダメ?

 しかし、新十津川駅入場券の場合は、170円、1000枚のきっぷを新十津川町の有志が17万円で買い取った。この時点で、JR北海道としては完売状態だ。売った先で不正があろうと、集計に苦労しようと関係ない。簡易委託販売の契約は、日々の販売数の報告義務はない。売り上げに対する手数料の請求も不要。納品数20枚につき1枚が追加提供され、その1枚を販売した分が販売店の取り分になる。今回は1000枚を発注すると1050枚が納品される。完売すれば50枚ぶん8500円の利益だ。ただし、不注意で汚したり、折れたり、日付印を裏表で押し間違えるなどした場合は交換できず、その50枚の範囲内で納めないと赤字になる。つまり、JR北海道側の追加負担はない。

 では、なぜJR北海道は「カプセルトイはダメ、番号順の販売」を求めたか。これは、新十津川町とJR北海道との契約が「売買」ではなく「簡易委託販売」だからだ。

 売買契約であれば、JR北海道が1000枚のきっぷを売り、新十津川町が買い取った段階で契約終了。新十津川町が転売しようと無料配布しようと、JR北海道としては関知しない。しかし、簡易委託契約は、JR北海道のきっぷの販売を新十津川町に委託する契約だ。販売方法は委託側の手順を守る必要があり、受託側が変えてはいけない。委託側の説明不足は問題だけれど、説明不足だからといってルールを変更して良しとはならない。

 ならば売買契約にできたか、というと、それはまずない。きっぷは購入者に鉄道のサービスを提供する契約書、有価証券と考えられている。使用開始後のきっぷの譲渡は旅客営業規則で禁じられているし、使用開始前のきっぷについても、明らかに転売目的の大量の売買契約には応じられない。そんなことをしたらJR北海道が印刷下請け業者になってしまう。

 JR北海道がきっぷ販売の秩序を守りたい理由はもうひとつある。カプセルトイ中止を申し入れる直前の4月12日に「JR北海道わがまちご当地入場券」の取り組みを発表した。1駅につき1市町村に限定した、特別なデザインの記念入場券を販売する企画だ。原則としてJR北海道の駅窓口で販売するけれども、無人駅などを指定した場合は駅付近の施設や商店で委託販売も実施する。

 こうした状況の中で、きっぷ販売の秩序を維持するためにも、カプセルトイによる販売などを勝手に実施されては困る。きっぷの委託販売に当たっては、JR北海道のルールを順守してもらう。「番号順に売る」は、JR北海道にとって譲れない一線だ。

 新十津川駅の入場券に関しては、JR北海道の要求通りカプセルトイをやめ、対面販売に切り替えた。不承不承かもしれないけれど、この決着で良かったと私は思う。「ガチャガチャ」方式は確かに面白い。しかし、入場券を発売する目的は何か。町を訪れる人々に「記念になる品を提供したい」「町おこしに役立てたい」だとするならば、それは自動販売機ではなく、対面販売がベストな選択ではないか。老夫婦だけでは不安なら、せめて1日1便の折り返し時間だけでも応援を出してあげよう。人件費はかかるけれど、それを上回るビジネスチャンスを得られるかもしれない。

 入場券と代金をやりとりする中で「買いに来てくれてありがとう。どこから来たの」「このあたりにおすすめの食事処はないか」「駅のほかに見どころはないか」などと会話が生まれる。そこから観光が始まる。駅を訪れた人に町を紹介するチャンスだ。新十津川町がしたたかに、そしてたくましく、町おこしに成功することを期待したい。

(杉山淳一)

最終更新:5/12(金) 10:10

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