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生と死、現実と夢幻を彷徨う故・鈴木清順の謎かけ怪奇映画『ツィゴイネルワイゼン』【名画プレイバック】

5/12(金) 9:00配信

シネマトゥデイ

 鈴木清順監督の訃報(2017年2月13日、享年93)が世界中を駆け巡ったとき、おそらく多くの方の脳裏に『ツィゴイネルワイゼン』(1980)のあのシーン、あの音、あのセリフが浮かんだことだろう。それは数ある代表作の一つ、というだけでなく、『ツィゴイネルワイゼン』が「生きているひとは死んでいて、死んだひとこそ生きているよう」に感じる作品であるがゆえに。つまり他界へと旅立ったものの、清順監督自身がもとから映画さながらに、いつの間にかひょいと裏返って現世にまた立っていそうな、超然とした“マスター”的な存在であったからである。(轟夕起夫)

【写真】今年2月13日に亡くなった巨匠・鈴木清順監督

 というわけで本題に。清順監督にとって『ツィゴイネルワイゼン』は、特別な作品である。それまで、日活の2本立て興行を支えるジャンルムービー、いわゆるプログラムピクチャーの作り手であったのだが、初の単独ロードショーを飾り、しかも従来とは違って完全インディペンデント製作体制の下、本作を生み出したのだ。事の成り立ちは、車で通りかかった(旧知の仲の)荒戸源次郎プロデューサーに「映画を作りませんか?」と突然声をかけられ、いきなり「5,000万円の予算内で出来る題材ならば全てお任せします」と誘われて企画がスタート。浮世離れした“マスター”らしいエピソードだ。

 夏目漱石門下の作家・内田百聞の短編「サラサーテの盤」を軸に、「山高帽子」「花火」「東京日記」などをちりばめ、そこにさらなる奇想を多々盛り込んでみせた本作(脚本は田中陽造)。一言で括るなら、冒頭でも触れたごとく、“幽界(死後の世界)と顕界(現世)”の境い目が溶解してゆく怪異譚(たん)、世にも不思議な怪奇映画である。妖(あやかし)の気配、パラノーマルなムードが作品の隅々まで充満している。

 冒頭、バイオリンの物憂げな音色でサラサーテの名曲「ツィゴイネルワイゼン」が流れる中、画面の外から2人の男の問答がカットインしてくる。「何て言ったんだろ」「君にもわからないか」。そのSPレコードは、自らバイオリンを弾く作曲家サラサーテの声が入ったもので、開幕早々、聞き取れない言葉という“謎”が提示されるのだ。すなわちこれは、あからさまに映画全体の構造を示しており、以後もスッキリとは答えの出ない、謎かけめいたシーンが続いていき、観る者は徐々に、主人公と共に“平衡感覚”を失っていく。

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最終更新:5/12(金) 9:00
シネマトゥデイ