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日本を5大会ぶりにU-20W杯へ導いた名伯楽…“ブレない男”内山篤監督の素顔とは?/コラム

GOAL 5/12(金) 17:33配信

5月11日、静岡県内にてU-20ワールドカップに向けた日本代表の最終準備合宿がスタートした。U-20日本代表を率いるのは、内山篤監督である。

1959年生まれの57歳。清水東高校、国士舘大学を経てヤマハ発動機(現・ジュビロ磐田)で長くプレーし、1986年のW杯メキシコ大会では日本代表にも選ばれている。今でもスタッフ同士でミニサッカーなどに興じていると、こちらがビックリするようなプレーで“魅せて”くれることがあるほどだ。やられていた総務・本間一憲氏が練習後に「篤さんは上手いですよ。マジで上手いっす」と言って苦笑を浮かべていた記憶もあるのだが、ベテランの域に達してなお現場肌を崩さない指導スタイルだ。

サッカーのスタイルはFW岩崎悠人(京都サンガF.C.)の言葉を借りれば、「すごくシンプルで要求されることがハッキリしていて分かりやすい」もの。4-4-2の基本布陣は一貫しているし、相手に合わせてやり方を変えるほうではない。「形のサッカーはしたくない」とも語っており、「初めに戦術ありき」というタイプの監督でないことは確かだ。原理原則を徹底しながら、選手間で攻守のイメージを共有することを強く求めてきた。

代表監督として見ていくと、選手を発掘してくる眼力が最大の特長に思える。「本当によく選手の細かい部分を見ていて、ビックリするときがある」と木村浩吉年代別代表担当ダイレクターも語っていたが、スカウトやユース監督の経験にも裏打ちされた観察力の中から選手を選んできた。小川航基(磐田)、岩崎、原輝綺(アルビレックス新潟)、杉岡大暉(湘南ベルマーレ)といった下の年代の日本代表からは漏れていた選手たちをここしかないというタイミングで抜擢して自信を付けさせた流れは見事なものだった。久保建英(FC東京U-18)にしても、「まだ早い」「厳しい」と引き留める声もある中で下した大抜擢は、彼のその後の成長とチーム内での「戦力化」を見る限り、ジャストタイミングの決断だった。最後の最後に入れ込んだ田川亨介(サガン鳥栖)というピースも、意外なハマり方をするかもしれない。

チーム作りという意味では、この年代の代表チームは本当に難しい。Jリーグでの活動が優先される中で、昨年も最終予選以外でベストメンバーの招集を果たせたのは、わずかに1回。今年に入ってからも3月のドイツ遠征が唯一の機会と、練習時間には恵まれていない。戦術ありきの監督だった場合は絶望感しかなさそうだが、内山監督の場合にその雰囲気は皆無だ。呼びたい選手を呼べないときでも「まあ、仕方ないね」と(少なくとも対外的には)、飄々とした態度を崩さなかった。

世界大会を前にしても、指揮官からブレを感じることはない。この精神的な安定感も、代表監督としての資質かもしれない。世界大会に向けた心境を問われて出てくる言葉はこんな感じだ。

「え? 全然普通」

選手選考のときだけさすがに少しだけピリピリ感もあったのだが、でも少しだけ。経験のない監督だったら、もっととがった空気になっていたことだろう。ずっと見てきた選手を外す決断に苦味がなかったはずもないのだが、それも表に出したりはしなかった。その意味で、世界大会を前にしても、あくまでナチュラルな雰囲気を醸し出しているこの指揮官自体がチームにとって一つの安定剤のように機能しそうだ。

「長いこと見ている選手が多いので(U-20W杯が)楽しみ。どれだけネガティブにサッカーしないかということ。選手が自信を持って選手がプレーできる状況をスタッフと作ってあげられたらいい」(内山監督)

21日、南アフリカとの試合からU-20W杯の幕は開ける。ネガティブな空気で臨む必要など少しもない、純粋なチャレンジャーとしての戦いだ。熟練の指揮官がまず何より考えているのも、選手を前向きに戦わせること。それだけだろう。

文=川端暁彦

GOAL

最終更新:5/12(金) 17:33

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