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残業上限ない教職員、実態把握も乏しく「ブラック労働」の温床…規制求め署名活動

5/12(金) 18:08配信

弁護士ドットコム

教職員の働き方改革を目指す団体「教職員の働き方改革推進プロジェクト」が5月12日、文部科学省で記者会見を開き、教職員の時間外労働に上限規制を設けるよう訴えた。

大学教授や過労死遺族などの有志で構成された同プロジェクトは、インターネット署名サイト「change.org」で「教職員の時間外労働にも上限規制を設けて下さい!!」と題して5月1日から署名活動を始めている。

5月12日15時現在で2万人を超える賛同者が集まっており、現役教員から「私たちも人間です。24時間365日教員なわけではない」、「私も生まれ変わったら、休日が本当の休日の仕事についてみたい」、「授業がおまけに思えるくらい、その他の仕事が本当に多い」などのコメントが続々と寄せられているという。

6月下旬までに4万人の署名を集めて、松野博一文部科学相と塩崎恭久厚生労働相への提出を目指す。

●時間外労働は月100時間、持ち帰り仕事は深夜まで

記者会見には、2015年2月に小学校教諭をしていた妻聡美さん(享年51)を亡くした山口俊哉さん(52)=石川県=も参加した。

聡美さんは同年1月20日、職員会議中にくも膜下出血のために倒れ、約2週間後の2月3日に亡くなった。教員歴27~8年のベテランとして、5クラスを取りまとめる学年主任も務めていた聡美さん。当時担当学年の教員は聡美さん、若手の2年目教諭、講師の計5人だったため、自身の授業準備に加えて若手職員の取りまとめなどに苦労していたという。

12月には家でも「疲れた」とこぼすようになった。20時に帰宅後に家事を済ませ、宿題の丸つけなど持ち帰りの仕事をしていると、就寝時間が深夜1~2時になることも。冬休み中の正月には寝込んでいたが、新学期の準備のため1月5日から学校に向かっていた。俊哉さんは「義務感も強かったから、大変しんどい思いをしていたと思う」と振り返る。

聡美さんは公務災害として認められたが、俊哉さんは申請に必要だった労働時間についての資料作成に苦労したという。タイムカードなどがなかったため、聡美さんが使用していた学校のPCのログイン時間を一つずつ調べた。亡くなる半年前の8月から調べ、授業のある9~12月はそれぞれ時間外労働が月100時間前後になっていた。

●使用者である校長が、教員の勤務時間を確認していない

同プロジェクトの事務局長を務める樋口修資・明星大教授によると、教職員の過労死についての公務災害が申請されるのは年間10件程度だという。

「申請にまで繋がらないのは、長時間勤務の実態が過労死ラインまで働いたかどうかが証明できないから。使用者側に証明する責任はあるのに、校長が各教員の勤務時間を確認するための具体的な措置を行っていない。これは労働基準法違反です」と厳しく指摘した。

加えて樋口事務局長は「教職員給与特別措置法(給特法)」の見直しが必要と強調した。

給特法は、教職員に対し時間外勤務手当や休日勤務手当は支給せず、時間外労働は職員会議や非常災害などの「超勤4勤務」に限られると定めている。

「職務命令として超過勤務は命じないというのが制度の建前。しかし授業準備や教材準備など膨大な業務は勤務時間の中だけではこなせない」と話した。

文科省が今年4月に公表した公立小中学校教員が対象の「教員勤務実態調査」では、1週間当たりの学内総勤務時間が60時間以上の教諭は、小学校で33.5%、中学校で57.7%に上った。これは過労死の危険ラインとされる月平均80時間以上の残業にあたる。

弁護士ドットコムニュース編集部