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「ムサコ」を巡る論争、古くは武蔵小杉ではなく武蔵小金井?

AbemaTIMES 5/12(金) 22:00配信

■急激な発展を遂げた「ムサコ」、住みたい街4位に急浮上

 2016年7月に公開されるやいなや、爆発的なヒットを記録し、日本アカデミー賞最優秀作品など数々の賞を総なめにした「シン・ゴジラ」。多摩川を挟み、ゴジラが自衛隊と初めて衝突した場所、それが神奈川県川崎市武蔵小杉である。通称「ムサコ」と呼ばれ、タワーマンションが立ち並び、急激な発展を遂げたエリアだ。10年で劇的な変化を遂げた武蔵小杉。2016年の住みたい街ランキングでは、恵比寿、吉祥寺、横浜に次いで4位と急浮上した。

 駅の周りには100mを超えるタワーマンションが9棟も並ぶ。その中で2番目に高い185mのタワーマンションの部屋を取材した。

 街を眼下に望む眺望。快晴であれば、西側の窓には富士山が見えるという。そして東京タワーとスカイツリーが同時に見え、新宿のビル群も一望できる。

 値段については「ここら辺の階層(36階)で大体8000万円台」だという。決して安くない価格だが、転居してくる人は後を絶たず、武蔵小杉駅のある中原区の人口は10年間で約3万人増加している。(川崎市役所ホームページより)

■「ムサコマダム」が憧れの的に

 そんな武蔵小杉の発展の理由とは一体なんだろうか。

 1984年ごろの武蔵小杉では、海から離れ塩害を受けにくい地域のため、NECや富士通などの精密機器工場が多数存在した。ところが、1990年代のバブル崩壊から、巨大工場は次々閉鎖し更地に。タワーマンション関係者によると、その工場の大きな跡地を利用して、街づくりを始めたのがきっかけだという。

 さらに、ポイントは駅にもある。もともと武蔵小杉駅はJR南武線と東急東横線のみが通っていた。しかし再開発に合わせて、2011年までに東急目黒線、JR横須賀線、JR湘南新宿ラインが開通し、都心へのアクセスが格段に便利になった。その利便性から、JR線の武蔵小杉駅の一日の平均利用者数は2009年から2015年にかけて約5万人も増加した(JR東日本・東日本旅客鉄道株式会社調べ)。東急線も10年でおよそ3万人増加したという。

 SUUMO編集長の池本洋一氏は、「分譲マンションがまだまだ建っているし、タワーの本数も10本近い。(武蔵小杉は)10年は安泰だと思う。武蔵小杉は東京と横浜との中間地点でもあり、その立地的な強みはある」と指摘する。現在も6棟のタワーマンションの建設計画が進行中だ。

 また、白金に住む女性が「シロガネーゼ」と呼ばれるのと同様、武蔵小杉に住む女性も「ムサコマダム」と呼ばれ、憧れの的となっている。大型のショッピングセンターは、ベビーカーがすれ違えるように通路の幅が広く設計されているなど子育て世代に優しいほか、交通の便がよく共働きでも通勤しやすい、人気のパンケーキ店やネイルサロン、美容室が充実しているなど、女性に対して魅力的なポイントが数多くあるのもムサコ人気を後押しする1つの要因だ。

 池本氏は、住みたい街の条件として交通利便性や商業利便性の他に「おいしい店があるかどうか」を挙げている。「最近では赤羽や北千住など、庶民的・等身大の背伸びしない場所が注目を集めている。武蔵小杉は利便性のわりには、高いけど都内に比べればまだ全然安いという評価」と説明した。

■「ムサコ」論争は130年前に決着?

 一方で、「ムサコ」という愛称に関しては、各地から異論があがっている。「武蔵小山」「武蔵小金井」「武蔵国分寺」もムサコと略すことができ、各々がムサコを主張しているのだ。

 しかし、経済評論家の上念司氏によると「130年前くらいにこの話は終わっている」という。「そもそも小杉という場所は、東京府ができたときに相模の国と合体して神奈川県になったので武蔵ではない。また、武蔵小杉という地名は1927年に南部鉄道の武蔵小杉駅が開業したときについたもの。一方で、武蔵小金井は1926年に鉄道省が公的につけたもの。どう考えてもムサコは武蔵小金井」と力説した。(AbemaTV/AbemaPrimeより)

最終更新:5/15(月) 16:13

AbemaTIMES