ここから本文です

文豪たちの軌跡紹介 茅ケ崎で「開高健×城山三郎」展

カナロコ by 神奈川新聞 5/12(金) 19:38配信

 茅ケ崎市ゆかりの作家2人の軌跡を紹介する企画展「開高健・城山三郎 二人展」が、同市東海岸南の市開高健記念館と隣接する茅ケ崎ゆかりの人物館で開かれている。文豪たちの原稿や愛用の品々を見ようと全国からファンが訪れている。9月30日まで。

 芥川賞作家の開高健は、1974年に茅ケ崎に移り住み、89年に58歳で亡くなるまで文筆活動に励んだ。一方、直木賞作家の城山三郎は57年、30歳の時に名古屋市から転居。晩年には、海を一望できる茅ケ崎駅前のマンションの一室に仕事場を設けていた。

 同展では、3歳違いの2人がそれぞれどう生きたのか、作家としての人生をたどる。

 軍国主義下で育った城山は45年、海軍特別幹部練習生として志願入隊する。幼少期に記した「血闘日誌」や、城山が読みあさったという杉本五郎中佐の思想書「大義」からは、当時の時代背景が浮かび上がる。

 軍隊での過酷な体験は、城山の執筆活動に大きな影響を与えたとされる。手記「そうか、もう君はいないのか」(新潮社)では、「はげしく生き、そして死んでしまった者たちに代わって、私は、何ができ、どう生きればいいのだろう」といった言葉を残しており、展覧会では、その手記の原稿も見ることができる。

 開高健記念館では、開高が大学時代に参加した同人誌「えんぴつ」や、妻で詩人の牧羊子さんと同居するときに持ち込んだ文机などが並び、無名だった文学青年時代の姿が垣間見える。

 また、愛用していたパイプや釣り道具、ワインのビンなど、多才多趣味として知られた開高の遺品も多く展示されている。

 ことしは城山三郎の没後10年。企画展には、城山の次女からメッセージも寄せられた。「最後の来訪」と題したメッセージボードには、10年前、城山が亡くなる前に開高健記念館を訪れていたことを振り返り「展示品一点一点に『ほ、ほお、彼らしいね』と目を細めながら、じっくり閲覧。その2カ月後に、父はそのまま開高さんのもとへと旅だった」と記されている。

 同記念館は「同じ時代を生き、日本を代表する文豪たちの生涯に触れてもらえればうれしい」と話している。

 午前10時~午後6時。共通観覧料300円。問い合わせは、茅ケ崎市文化生涯学習課電話0467(82)1111。

最終更新:5/12(金) 19:38

カナロコ by 神奈川新聞