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【ライターコラムfrom広島】6年ぶりに古巣復帰の中林洋次、「挑戦」を後押しした家族の存在

5/12(金) 18:20配信

SOCCER KING

 中林洋次らしい圧倒的な反応力を見せたわけではない。しかし、GKとして最高のプレーは、神様のようなセーブを連発することではなく、むしろそういうプレーを見せずに完封してしまうことなのかもしれない。

 2009年、強烈なセーブ力を見せつけてJ1に復帰したばかりのサンフレッチェ広島を4位に押し上げる原動力となった。2012年、ファジアーノ岡山に移籍して以降は5年間にわたって守護神の座を譲らず、担当記者から「中林のスーパーセーブはゲームプランに入っている」と評された。圧巻の俊敏性とスピード、身体能力。タイガー・ウッズに似ていることから「ウッズ」の愛称で親しまれている中林のゴールキーピングは華麗で、そしてダイナミックだ。

 今季もタイキャンプでのトレーニングマッチで、2メートルの距離からハードヒットされたシュートを完璧な反応で弾き飛ばしたり、完全に逆をつかれたシュートをコンマ数秒で体重を移動させて逆方向に飛んでセーブしたり。映像がないから「話を盛っている」と思われがちだが、中林をよく知る岡山のサポーターであれば信じていただけるのではないか。ゴールキーピングで観客に魅せる。それができる希有な男なのだ。

 だが、6年ぶりに戻ってきた広島で、彼は苦しんだ。広島のサッカーは、GKを使ったポゼッションが特徴である。GKへのバックパスはボール回しにおいて重要な戦術。ゴールエリアまで相手を引きつけながらボールを動かすことでスペースをつくる。西川周作(現浦和レッズ)のような足業まではいかないにしても、スッとボールをおさめて周りを見極め、正確なパスでボールをつなげることも求められる。

 中林は経験者。パスをつなぐスタイルはわかっていたはずだ。だが、頭では理解していても、肉体は忘れていた。いや、正確にいえば、肉体だけでなく判断の部分でも、細かなディテールのところは見失っていた。ミスを連発し、それが全て失点に繋がった。スーパーセーブを魅せるどころではない。林卓人の負傷という事態を受けても、試合に出るのは昨年までの第3GKであった廣永遼太郎になった。

「僕が広島にいた2011年までと比較すると、後ろからつなぐというコンセプトはそのままなんですが、もっともっとボールを大切にしているように感じる。チームの求めているサッカーがさらに緻密になっていた」

 感覚のズレがなかなか埋まらない。林がケガから復帰すると紅白戦からも外れた。岡山の絶対的な守護神として昨年はJ1昇格プレーオフでも活躍した選手が、練習場の片隅で一人、ボールを何度も何度も、何度でも受け止める日々。

 2008年、広島に来たばかりの頃を思い出した。当時、試合に出られなくても彼は、ギラギラと常に獲物を狙うかのような瞳をして、ファイティングポーズをとり続けた。当時、J2で42試合99得点を叩きだした圧巻の攻撃陣が、中林からどうしてもゴールできない。シュートを打っても打っても、ことごとく防がれる状況。「試合で決める方が簡単」。選手たちからそんな苦笑いが生まれるほどの圧倒的なパフォーマンスを見せ続けた。それでも試合に出られない状況に苛立ちは隠せず、その怒りにも似た感情を練習でぶつけていた記憶がある。

 ただ、今の中林に、その時ほどの「ギラギラ感」は見えなかった。もちろん、現状には満足していない。だが、そこにうまくいかないことへの焦りは感じなかった。経験を積んだことへの自負。それもあるだろう。だが、何よりも大きいのは、当時の彼にはなかった家族の存在だ。

 岡山という地位を確立していた場所を離れて広島に移籍した最大の理由は、「30代でもう一度、J1でチャレンジしたい」という情熱から。昨年、J1昇格プレーオフで敗れた後、「もう戻れない」と思っていた古巣から、まさかのオファー。悩んだ。移籍する、移籍しない。毎日、違う結論になった。その彼の悩み・苦しみを全て受け止めてくれた愛妻の存在があればこそ、彼は「挑戦」を選択することができたのである。

 試合に出られない。メンバーにも入れない。予測していない事態でもなかったが、現実化してしまうとやはり苦しい。そんな彼に妻は「一緒に成長すればいいじゃない」と言ってくれた。その言葉が男の心に深く入り込み、エネルギーとなった。焦るなと言われると、焦ってしまう。包み込む言葉は、力に変わる。

 広島復帰後、初めての公式戦出場となったルヴァンカップ・サガン鳥栖戦、ゴールマウスの中林はひっきりなしに声をあげ、守備陣の集中と適切なポジショニングを指示し続けた。押し込まれた時もパワープレーでハイボールを放り込まれても適切なコーチングを続けて守備を組織化し、相手にチャンスの欠片も与えなかった。スーパーセーブを連発しての勝利よりも、大きな意味を持つ完封劇。主役は「第3GK」だった中林洋次だ。

「今の状況は、それほど気にはしていなかった。すぐに試合に出るとは思っていなかったし、集中してやっていればおのずと(チャンスは)ついてくる。ただ、この勝利がきっかけになれば。どういう関わり方であってもチームの勝利が一番だから」

 野獣のような反射神経は健在。そこに大人としてのテイストを加味して、ウッズは広島に戻ってきた。彼が苦しみ抜いている広島に光を指す松明になれるかどうか。その可能性は十分だ。

文=紫熊倶楽部 中野和也

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最終更新:5/12(金) 18:34
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