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旧動燃・火災爆発20年 事故現場、残る廃液

茨城新聞クロスアイ 5/13(土) 4:00配信

旧動力炉・核燃料開発事業団(動燃、現日本原子力研究開発機構)のアスファルト固化処理施設(東海村村松)で1997年に起きた火災爆発事故から20年を迎えた。放射性物質の閉じ込め機能を失い、作業員37人が被ばくした当時としては国内最悪の事故だった。事故で処理が中断した放射性廃液は、後継施設の完成が遅れているため、現在も爆発が起きた建屋内で保管されたままだ。

鉄筋むき出しの壊れた壁や、遮蔽(しゃへい)用の幅約60センチの鉛ガラスに刻まれたひび割れ-。事故後に復旧されたアスファルト固化処理施設(ASP)の内部には、爆発の衝撃を物語る爪痕が今も残る。

現場を管理する原子力機構の小坂哲生・再処理技術開発センター副センター長は「教訓を忘れないため、一部を当時のまま保存してきた」と話す。

ASPは現在、放射性廃液の貯蔵場所として再利用されている。こうした事故の痕跡は、毎日の点検で訪れる作業員の目に付く場所に残されており、「安全軽視」を戒めている。

■改組の契機に
事故は多くの教訓を残した。

下請け任せで現場を知る職員がほぼいなかった管理態勢に加え、消火実験の結果を組織内で共有せず、事故を火災にとどめることができなかった対応も批判を浴びた。

「リスクの高い場所に重点が置かれ、(ASPは)低レベルだからと十分注意を払っていなかった」。別の建屋にいて爆発音を聞いた小坂副センター長は反省を込めて振り返る。

高速増殖原型炉もんじゅのナトリウム漏れ(95年)に続く事故は「動燃解体」の引き金にもなった。「レベルに関係なく、原子力施設の事故は社会的影響がものすごく大きいと改めて学んだ」

事故後、複数にまたがっていた安全管理の態勢は一元化された。自治体などへの通報連絡のルールが改善され、下請け任せだった作業員の安全教育も現在は立場に関係なく全員で行い、トラブルへの対応策を共有する。


■100立方メートル
ASP内の貯槽には、事故で処理できなかった低レベルの放射性廃液がまだ約100立方メートル残っている。再処理工場の運転中に生じたもので、固化処理は廃棄物を安定的な状態にするのが狙いだ。

原子力機構は2006年にASPの代わりとなる「低放射性廃棄物処理技術開発施設(LWTF)」を建設したが、当初予定していた試薬を使った固化処理を、そのまま最終処分できるセメント固化に変更した影響で、施設はまだ稼働していない。

今後、設備の改造や国の審査への「合格」が必要となるため、廃液処理の開始は23年度になる見通しだ。


■廃棄物処分も課題
廃棄物の処分も先は見通せていない。

ASPでは事故前までに約3万本(200リットルドラム缶)のアスファルト固化体を製造。現在も敷地内の貯蔵庫にあり、表面線量は「毎時数十ミリシーベルト」(原子力機構)。人が容易に近づけない線量だ。

再処理工場から出るこうした廃棄物はTRU(超ウラン元素)廃棄物と呼ばれる。半減期の長い核種を含むため、一部は原発の使用済み核燃料から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)と同じく「地層処分」の対象になる。

処分事業は原子力発電環境整備機構(NUMO)が担う。TRU廃棄物の処分場は、高レベル放射性廃棄物と別の場所に設けることもできるが、NUMO担当者は「整備費を考えると同一サイト内で処分したい」と話す。

核のごみの最終処分場選定を巡り、政府は最終処分場に適した地域を日本地図に示す「科学的特性マップ」を、早ければ今夏にも公表する方針だ。 (戸島大樹)

★旧動燃アスファルト固化処理施設火災爆発事故
1997年3月11日午前10時6分、アスファルトに混ぜ込んだ低放射性廃液を詰めるドラム缶から火柱が上がり、消火作業が不十分だったため約10時間後にアスファルトから放出された可燃性ガスが爆発。職員37人が被ばくし、割れた窓などから放射性物質が外部に漏れた。国際原子力事象評価尺度はレベル3。事故後、消火確認を巡る虚偽報告が発覚し、原子炉等規制法違反で動燃と職員2人が罰金刑となった。動燃は事故を機に改組され、組織統合を経て現在の原子力機構となった。

茨城新聞社

最終更新:5/13(土) 5:05

茨城新聞クロスアイ