ここから本文です

蜷川幸雄さん一周忌 埼玉県芸術文化振興財団・渡辺弘事業部長に聞く

産経新聞 5/13(土) 7:55配信

 ■「挑戦」の気持ち忘れない

 川口市出身の演出家、蜷川幸雄さんの一周忌を迎えた12日、多くの俳優や関係者が蜷川さんをしのんだ。蜷川さんが芸術監督を務めた「彩の国さいたま芸術劇場」で作品の制作に携わった渡辺弘さん(64)=公益財団法人「埼玉県芸術文化振興財団」業務執行理事兼事業部長=は「蜷川さんは挑戦して(道を)切り開いてきた。挑戦することを忘れないようにしたい」と前を見据える。(宮野佳幸)

                   ◇

 「1年がたち、劇場では追悼公演もやってなんとか動いてますよ」

 12日午前、訃報を受けた1年前と同じような晴天。都内で眠る蜷川さんの墓前でそう報告した。

 渡辺さんが、蜷川さんの演劇に出会ったのは大学時代。「鴉(からす)よ、おれたちは弾丸(たま)をこめる」で、通路を歩いて老女たちが壇上に上がる演出に衝撃を受けた。

 情報紙の編集者として蜷川さんに取材をした経験もある。東京都渋谷区のシアターコクーンでは、蜷川さんの作品の制作にも携わった。財団が管理する同劇場の芸術監督に蜷川さんが就任した平成18年、「手伝わないか」と誘われて同財団の事業部長となった。

 蜷川さんとの思い出について問われると、「ありすぎる」と頭をかく。「シャイだけど打ち解けると厳しい」とその性格を振り返り、「よく『渡辺!』と怒鳴られた」と苦笑いした。

 晩年、体調を崩し車いすに乗りながらの稽古では、声を張り上げる蜷川さんの姿を見守った。「自分の時間がないと覚悟して、自分の全てを伝えようと全てを絞り出すような状態。完全燃焼でしょうね」

 病院にも見舞いに行き、蜷川さんの死も覚悟していた。それでも「ふわっとした気分で。半年くらいは蜷川さんがその辺にいるような感じがした」と振り返る。

 蜷川さんが逝去し、「旗を持って歩いている人がいなくなり、進路が見えなくなった」。それでも一周忌を迎え、「ようやく先を考えられる気持ちになった」と前向きになれた。

 「蜷川さんの存在は大きいが、いつまでも頼っていてはいけない。残したものを引き継ぎ、少しずつ前進しないといけない」

                   ◇

 蜷川幸雄さんが芸術監督を務めた「彩の国さいたま芸術劇場」では、4月から始まった一周忌追悼公演の開催に合わせ、「蜷川幸雄舞台写真展」を実施している。同劇場での作品や海外公演などの写真23点を通じて、蜷川さんの功績をたどることができる。入場無料で、7月31日まで。

 また、「MOVIXさいたま」(さいたま市大宮区)では、「一周忌追悼企画 蜷川幸雄シアター」と題し、13日から蜷川さんの4作品を4週にわたって上映する。上映作品は「ジュリアス・シーザー」(13~19日)▽「身毒丸 復活」(20~26日)▽「間違いの喜劇」(27日~6月2日)▽「ヴェニスの商人」(6月3~9日)。当日券は2500円。

 15日には、「蜷川メモリアルプレート」の除幕式が同劇場で行われる。一般公開は、16日から。

最終更新:5/13(土) 7:55

産経新聞